ユニバ編

第83話 西園寺せつなさんとキスしなさい



 日曜日


 昨日、五十嵐麗奈に呼ばれて、新たなる任務をさずかる羽目になった俺。だが、俺の日常に大きな変化があるわけではない。


 朝になれば普通に起きて、顔を洗ったり朝ごはんを食べたり、プログラミングの勉強をするというルーティンは、恐らく地球が滅亡するか、身動きが取れないほどの辛い病気にかからない限り、崩れることは無かろう。


 にしても、攻略か。いかにもゲームっぽい発言だ。きっと五十嵐麗奈という子はゲーム好きであるに違いない。


 でも、人には向き不向きというものが存在するわけで、人間関係において難ありの俺なんかが人を攻略することなんか出来るはずがない。


 もちろん、最初は、五十嵐麗奈に対して、こいつなに言ってんだみたいな感じだったけど、彼女が口にした言葉は依然として頭にこびりついている。


『人間に勝ったことある?』


 俺は幼い頃から、今にいたるまでずっと人間に支配されてきた。


 学生時代は、酷い暴力とイジメに遭い、社会人になってからは、声のうるさい無能どもに支配されてきた。


 五十嵐麗奈は、俺がずっとひた隠しにしてきた恥ずかしい過去を遠慮もなく掘り出しては、新しい道を示した。


 普段の俺なら絶対断ったはずなのに、彼女の口車にまんまと乗せられてしまった。でも、それを悔しく思ったりはしない。俺の心のどこかで強く何かを渇望しているもう一人の自分がいるから同意をしたと思う。


 人間に勝つ事で何が得られるかはまだ定かではない。だって、俺はずっと人間関係から逃げてきたわけだし、今のほのぼのとした生活には多少なりとも満足している。


 でも、彼女の言葉を耳にした瞬間、果たしてこのままでもいいのかという不安にも似た疑問が思い浮かんでしまったのだ。だから俺は許諾した。


 西園寺刹那を攻略する事で、長年俺を悩ませていた疑問に対する手がかりが見つかれば、それにまさる喜びはない。


 色々と考えているうちに、朝ごはん用に俺が作ったトマトサラダは、すでに底をついた。そして導き出される一つの結論。


「人間の攻略ってどうやればいいんだ?」


 俺は昨日、あまりにも予想外の出来事尽くしで、一番肝心な事を聞き忘れてしまった。


 だって、いきなりビンタされて、ラブホ連れて行かれたら、誰だって俺みたいになるんだって。違うか?違うよな。ていうか俺は誰に聞いているんだい。


 あと1時間後には西園寺姉妹が俺の家に迎えに来る。だから、俺にモラトリアムなどない。というわけで、俺は早速スマホを手に取って電話帳アプリを立ち上げた。


 店長、西園寺刹那、ゆきなちゃん、青山夏帆と、実に少ない人選だ。普通の人間は、数十人から数百人に及ぶと聞くが、俺は二桁すら達していない。


 まあ、俺が今まで歩んできた人生の結果がこれだもんな。と、苦笑いしながら、スクロールすると、見慣れた名前が出てくる。


 五十嵐麗奈。


 かけてもいいのかな?朝からいきなり電話するのはマナー違反なのでは無かろうか。と、頭を引っ掻きながら苦心惨憺中くしんさんたんの俺にまたもや予想外の展開が起きた。


 ぶーぶー


「うわ、ビックリした!」


 携帯の液晶を凝視していたら、いきなり電話がかかってしまった。


 何者だとしかめっ面で確認する俺。


 なにっ!?


 五十嵐麗奈からにかかってきた電話だ。本当絶妙なタイミングだな。


 俺は驚きつつも深呼吸を数回してから電話に出た。


「もしもし?」


「おはよう、藤本くん」


「おはよう」


 五十嵐麗奈は至って冷静な声音で言ってくるものだから、俺もつい、事もなげに言った。


「昨日の件なのだけれど」


「昨日?」


「西園寺刹那さんの攻略の件」


「ああ、なるほど。俺も丁度それが気になったら、五十嵐さんに電話しようとしていた」


 どうやら、俺たちは同じ事を気にしているらしい。それもそのはず。昨日のあのやりとりだけでは、何をどうすればいいのかが全く分からないからな。


「そうね。あの時もっと言っておくべきだったわ。ごめんなさい」


「い、いいよ。それで、具体的に何をどうすれば良い?」


「それはね…」


 そう言って数秒間、沈黙が訪れた。別に電波が悪い訳ではなさそうだったので、俺は緊張した面持おももちで返答を待つ。


「西園寺刹那さんとキスしなさい」


「え、ええ?」


何言ってるんだこの女。

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