2巻

五十嵐れいなは藤本悠太と関わろうとする

第65話 ふじにいちゃんはお姉ちゃんの好みどまんな…ふっ

 目の前にはお仕着せのメイド服をまとっている五十嵐れいなという少女が立っていて、俺を切々とした表情で見つめている。


 華奢な体つきからは、男心くすぐるような可愛さが漂っていて、亜麻色の柔らかそうな髪には高級の錦みたいな妖艶ようえんな魅力が宿っていた。


「な、なんでも、ない」


 ゆきなちゃんの「ふじにいちゃん、どうしたの?」という問いに、必死に戸惑いを隠しつつ答えたのだが、俺の言葉は途切れ途切れだ。


 ほんの一瞬、俺たちの間に間が生じた。ゆきなちゃんは、俺の曖昧な態度に首を捻ってから自分の姉である西園寺せつなに目くばせする。


 だんだん速度をあげる動悸どうきを御し切れずにいた俺に、メイドこと五十嵐れいなはまた話かけてくる。


「お、思い出したの?」


 彼女の表情は暗い。何か後ろめたいことをした時の子供のように視線を泳がせて俺を直視できずにいる。


 俺は絶望が混じった表情で深々とため息をつくと、重々しく口を開く。


「あ、ああ」

 

 俺には見栄を張って誤魔化すことも、開き直ってけむに巻くことも許されていない。なぜなら、この子は、俺の歩んできた暗い人生、歴史を知っているから。6年間ずっと虐められていた俺のみにくくて忘れたい醜態しゅうたいをあの子はずっと見ていた。


 西園寺姉妹は、何も言わずに、俺と五十嵐れいなを交互に見ながら何やらこそこそと喋っている。


 気まずい静寂が数秒続くと、居た堪れなくなったのか、五十嵐れいなは気を取り直すための咳払いをしてから、無駄の無い動きで料理を各々の席のに運ぶのを再開する。一見絵画じみている素敵な風景だが、俺にとっては自分の過去がバレるかもしれない絶体絶命の危機だ。

 

 体がこわばっている俺の思い惑う気持ちは当然、五十嵐れいなもある程度、知っているはず。なのに、彼女は淡々と皿を西園寺姉妹のところに運んでいる。


 このまま何事もなく今日の授業を終え、このメイドさんに気付かれないようにすっとこの店を出るのが最高のシナリオだが、うまくいくかは分かりかねる。

 

 やがて、姉妹の配膳が終わり、五十嵐れいなは、コース料理の前菜を俺のいるところに置くために、俺の席に近付いてきた。


 滔々とうとうとやってくる彼女と、戸惑いと畏怖いふが入り混じって真っ青になった俺は、すれ違いにばったり目が合ってしまう。俺はすぐ目を背け、下を向いてしまった。だが、このメイドさんはなんの遠慮もせず、俺のすぐ隣まできては、器用に前菜をそっと置く。早くご退場いただきたい一心でいるが、俺の願いは耳で囁かれるか細い声音によって無惨に壊れてしまった。


「藤本くん、あとでちょっと話があるの」


「え?」


 俺の食事を配膳するためにしゃがんでいた五十嵐れいなは、そのまま西園寺姉妹に聞こえない小声で耳打ちしたのだ。俺は突然のことで、どう対処すればいいのか分からず、めんくらって聞き返すことしかできずにいた。だが、彼女はそれっきり何も言わず、そっと立ち上がり、キッチンワゴンが止まっているところに向かって歩き、かかとを俺たちのところに返し、会釈する。


「では失礼いたします」


 そう透き通った声音で言うと、ワゴンを引き、彼女は立ち去った。すると、あっという間に喧騒けんそうが流れてくる。まるで、五十嵐れいなによってせきき止められた周りの空気が一気に押し寄せてくる感じだった。


 俺は五十嵐れいなの姿が見えないにも関わらず、ずっと彼女が後ろ姿を追っていた。さながら災いが過ぎ去ったのかと恐る恐る確認する被災者のように、俺は動揺の色が宿っている瞳で、いもしないメイドさんを探していた。


「藤本さん」


 唐突に西園寺せつなは、冷め切った声音で俺の名前を呼んだ。その声のおかげでやっと我に返ることができた俺は、声の主がいるところに向き直る。


「な、なんだ」


「女の友達多いですね」


 西園寺せつなは目を細めて俺を睨んできた。彼女の隣には、ゆきなちゃんも座っていて、姉と同じ目つきで俺を見つめている。ていうか、いつ姉の隣に移動したの?動きがすばしこいねゆきなちゃん。


 俺はないないとばかりに手をブンブン振って否定の意思を表した。


「違う。あれは小学生だった頃の同級生だ」


 俺が身振り手振りで反駁はんばくすると、今度はゆきなちゃんが訝しむような口ぶりで言葉を投げかける。


「その割には、なんだか仲良さげだったけど?」


「いや、仲良いどころか、話したの今日が始めてだ」


「へえ、本当?」


「本当も何も、昔の俺があんなかわいい子と仲良いわけないだろ」


「その話し方だと、藤本さんは、昔モテなかったんですか?」


 しまった!戸惑うあまりに、つい昔のことを口走ってしまった。こればかりは絶対言えない。言ったら俺のメンタルは粉々になって再起不能になってしまいかねん!ここはなるべく穏便に済ませるに越したことはなかろう。


 と、判断した俺は、ぶるぶると震える体を必死に落ち着かせながら口を開く。


「ま、まあ、そうだな。立ち位置としてはモブキャラって感じかな」


 俺は当たり障りのない表現を選りすぐって二人に嘘を言った。本当は、クラス1どころか学校1のいじめられっ子だったのに。だが、これは口が裂けても絶対言えない秘密だ。


「なんだか意外ですね」


 西園寺せつなは疑り深い目で俺を詮索するように視線を送った。今し方、この姉妹が俺の過去を突き止めることはできない。だが、警察が巡回したら、別に過ちなど犯してないのに後ろめたい気持ちになるのと同様、俺もまた、この子らが俺の過去を知ったらどうしようと、起きもしない事象に対して一喜一憂している。


 目の前の西園寺せつなの納得のいかない顔がより不安をかき立ててきた。


「何が意外だ?」


 だから俺は、彼女の言葉の裏にある意味を聞かずにはいられなかった。


「そ、それは…」


 だが、西園寺せつなは言い淀む。心なしか、頬を少しあからめているように見えた。さらに、今まで俺を直視していたつぶらな目は、彷徨さまよい始める。


「なんでもありません!」


 そう言ってぷいっと目を逸らした。


 この反応を見るに、おそらく、俺が心配している事を彼女は知らないだろう。


「ふじにいちゃん、あたしが教えてあげようか?」


 今度はゆきなちゃんが意味深な視線を姉に向けながら俺に言った。


「ゆきなちゃんは知っているのか?」


「もちろん!ズバリ!ふじにいちゃんはお姉ちゃんの好みどまんな…ふっ」


「ゆきなちゃん、これ以上喋ったら、タダじゃ済まされないわよ。わかった?」


「ふっう、ううう」


 西園寺せつなは慌てふためく様子で自分のいたずらな妹の口を素早く封印した。封印というより映画に出てくる子供を拉致する悪党のアレに似てますけどね?


 脅迫文句も相まってゆきなちゃんはあっけなく折れてしまった。一体何が言いたかったのかは、判断材料が少ないため、正直分からない。だが、これ以上踏み込んだら、まじであの女に何されるかわかったもんじゃないからと踏んだ俺はおめおめと引き下がることにした。





追記


 あらかた、1話から64話までの誤字と脱字の修正が終わりました。これからは2巻にあたるストーリーを書いて行きます。

  

 修正したとはいえ、12〜13万字相当の膨大な文字数を完璧な文章に仕立て上げるのは至難の業なので、もし、いまだに拙い表現があったら、読者の皆様方の海をり広い心でお許しください。


 PVは今日(6月23日)時点で3400を超えております。本当にありがとうございます。冗談抜きで100万字以上書かないと、この物語を終わらせることはできないので、気が遠くなるのですが、最後まで書きたい所存でございます。


 是非!最後までお付き合いくださいませ!



 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る