第42話 ちょっとしたアクシデント
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水曜日
俺の部屋には3人がテーブルを囲んでいる。キッチンには洗い立ての鍋やら食器やらが置かれていて、時刻は午後6時ちょうど。
使用感のあるテーブルにはゆきなちゃんが持ってきた教科書が置いてある。西園寺せつなは、大学の課題があるとか言って、ノートパソコンと睨めっこ中である。部屋は少し広めの1DKのため、3人がいても、窮屈な感はあまりない。あるのは妙な緊張感と静寂。しかし、この静かな雰囲気は、やる気のない低い声音によって壊れた。
「授業を始めます」
「はーい」
俺のやる気のない声に合わせるように、虚ろな目で小さく返事をするゆきなちゃん。
「ちょっと、二人ともやる気はどこに行ったんですか?」
たたっとノートパソコンのキーボードを打っていた西園寺せつなは、ディスプレイ越に俺たちに粘りつくような視線を送ってきた。確かに、離れたところから見れば、無気力な人間同士のやりとりと思うだろう。実際、ゆきなちゃんは超めんどくさそうな顔までしている。まるで明日、ハルマゲドン戦争が起こるんじゃないかと思うわせるほどだ。いや、地球最終戦争が明日起こるとしたら、あんな間抜けた顔はできまい。
「ゆきなちゃん、まず算数だ」
「はーい」
俺は算数の教科書を開いてゆきなちゃんのところにそっと置いた。ゆきなちゃんの学校はもうじき2学期が始まる。一から始めるのもいいのだが、そうなると、時間的にも間に合わないと思うので、ここは通常の進度で行くほうが効率が良かろう。知らないところがあれば丁寧に説明して本質を理解してもらう。
俺だってそう。難しい学問や言語を学ぶ時は、まず一番難しいところから始める。無論、一発で理解できるはずがないので、解き方を徹底的に吟味していくうちに、まだ学んでないところが沢山出るようになる。そしたら、それを全部まとめて頭に詰め込むと、短時間で頭い入るのだ。
まあ、ゆきなちゃんがこのやり方をどう思うのかは知らんが、試す価値はある。
と、判断した俺は、ゆきなちゃんの隣で教えるため移動しようした。だが、
「ふじにいちゃん、今日の算数ってどこまでやればいいの?」
さっきまで、やる気ゼロだったのに、突然授業のことで質問を受けて腰が抜けるかと思った。立ち上がる段階で言われたので、バランスが崩れかけて腰に負担がかかってしまう。おお、危ない危ない。
辛くも、自分の席に無事座り直すことに成功した俺は、戸惑いながら返事した。
「一応20ページの練習問題があるところまで」
「わかった。一人でやってみるから、分からないとこあったら質問するね」
「お、おう」
思いのほか、すんなりと勉強をやってくれるゆきなちゃん。まあ、月曜日に約束したから、そんなに驚くほどのことではないと思うのだが、俺の向かい側に鎮座している西園寺せつなはどうやら違うらしい。
「え?!ちょ、ちょっと待った!」
「うえ!」
「ど、どうしたの姉ちゃん!」
あまりにも大きいな声だったので、条件反射的に上擦った声が漏れてしまった。今のは流石に俺が聞いても素で引くほど気持ちわるいと思います。が、西園寺せつなは、そんなことどうでもいいとても言いたげに目を見開いて、上半身だけ前のめり気味にゆきなちゃんに近づける。ちょ、ちょっと、その姿勢は危ないと思いますよ?特に、胸元が広いTシャツを着た今は尚の事際どい。意識せずとも自然と見えますけど?谷間も、し、下着も。青山かほと比べても引けを取らないボリュームを誇る二つ、いや、今なに考えてるんだい、俺は。
西園寺せつなの突然すぎる行動にあわわと戸惑い気味に視線を泳がす俺は、ゆきなちゃんと目がピッタリあってしまった。
「にひひ」
まるで、俺の行動を全て読み切っているとでも言わんばかりに目を細め口角を釣り上げている。このやろう。再度言いますけど、大人をからかうものではありませんよ?と、俺が頼り気ない顔でゆきなちゃんを見返すと、西園寺せつなは妙な空気を察知したのか、俺たち二人を交互にみる。やがて、その視線は自分の胸元へと移った。察したか。
「ヴぇ!?す、すみなせん!」
「い、いや、俺こそ」
前につんのめる姿勢を取っていた西園寺せつなは、光のスピードを彷彿とさせる早さで自分の席に座り直した。彼女の姿はノートパソコンによって遮られているので、ごく一部しか見えないが、ちょっとだけ覗く頬からは紅玉りんご顔負けの赤みを帯びているようだ。
俺だって超だらしない顔をしていることだろう。やだな。鏡見たくないな。普段でさえ目が逝ってるのに、あまつさえ、こんな条件下だと、より気持ち悪さが増すんだろう。
「初々しいね!」
「ゆきなうるさい!」
「黙れ…」
まるで穢れを知らない無邪気な微笑みを湛えるゆきなちゃんに対して、俺と西園寺せつなは猛烈アタック。
俺は手を顎に当てて、深々とため息をはいた。
本当にどうなるのこれ
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