第36話 ゆきなちゃんとのやりとり

 この状況をどう打破するのか頭を振り絞っても、ろくな案が出そうにない。愚者は経験に学び、賢者は歴史から学ぶという言葉があるように、自分の経験則に基づく行動は控えるべきだろう。だとしたら、やるべきことは一つ。


「ゆきなちゃんって、なんで勉強したがらないの?」


 俺は隣に座っているゆきなちゃんに見向きもしないまま問うた。


「……」


 しかし、ゆきなちゃんは一向に返事をする気配を見せない。でも、俺は知らないといけないのだ。じゃないと話にならない。でも、俺はコミュ障であり、引っ込み思案だ。キレッキレのイケメンみたいに「僕でよけば相談に乗るよ(笑)」とか「苦しかったね。でも大丈夫。僕がそばにいるから」とかのどっかのドラマに出そうなセリフで女の子を手玉に取ることは1億年経ってもできない。ていうか、あんなの見る側も恥ずかしいからマジでやめてほしい。


 と、皆んなが憧れる理想の男になり得ないことを悟った俺は、すっと胸を撫で下ろして、ゆきなちゃんに淡々と語る。


「言ってくれないと、俺はクビだ」


「え?!な、なんでよ!」


 クビという言葉が出た瞬間、ゆきなちゃんは目をはっと見開く。


「そりゃ当たり前だろ。ゆきなちゃんの成績を上げることのできない無能な家庭教師なんか、いても無意味だからな」


 無表情で言い切った俺の顔を見るゆきなちゃん。なんだか合点が行かない顔でむくれているように見える。


「で、でも。言わなくても、成績上がる可能性あるでしょ」


「今まで、腕のたつ講師とか家庭教師が束になってかかってきても上がらなかったでしょ。俺がやったところで、ゆきなちゃんが勉強したがらない理由を知らない限り、いくら頑張って教えてもダメなだ」


「そ、それは」


 言葉に詰まるゆきなちゃんは悔しそうに唇を噛み締めて俺を睨め付けた。やはり、子供も大人も、図星言われるとキレるのは同じだな。でも、キレても構わない。むしろ大歓迎だ。こんな馬鹿げた家庭教師という茶番劇を終わらす絶好のチャンスになるかもしれないから。


 俺が勝ち誇った顔で悦に入ると、ゆきなちゃんは俺にジト目を向けて口を開く。


「何がそんなに嬉しいの?」


「え?そんな顔したっけ?」


「やっぱり、ふじにいちゃんは今まで見てきた他の人と違うのね」


「そうか?」


「うん!とっても変な人なの。ふじにいちゃんは」


 俺は腐った目をさらに腐らせながらゆきなちゃんの言葉に反駁はんばくする。


「逆にゆきなちゃんが見てきた人たちの方が変だと思ったことはないか」


「ぷっ、ぷははは!」


 俺の渾身の力説も虚しく、ゆきなちゃんは嘲笑とも揶揄とも取れる笑いを思いっきり飛ばした。大人をからかうものではありません。


「何が面白いんだ。あ、それか。俺がクビになるのが面白いんだね。開始早々クビだなんて、俺でも引くわ」


 俺は身を捩りながらドン引きをする。ゆきなちゃんは相変わらずお腹を抱えて爆笑モードに入っているので、俺の話は多分届かなかったと思う。


 どれくらい経ったんだろう。ひとしきり笑ったゆきなちゃんは、笑顔を崩さずに言葉を紡ぐ。


「違うの!今までの人は、あたしのお父さんが大きいな会社の副社長ということを知って、あたしにゴマすったり、媚びたりしてつまらなかったけどね」


「へえ、ゆきなちゃんのお父さんってそんな偉い人だったんだな」

 

 俺は心底どうでもいい顔で言った。


「え??知らなかったの?」


「副社長どころか、名前も知らないぞ」


「ぷっ、何それ!」


 楽しげに手をブンブン振ってガールズトークモードに入るゆきなちゃん。でも今はそういう話をする場合ではないのだ。加えて、俺は女ではない。そういうのは、どっかのカフェでも行って女友達としてくれ。ちなみに、するのはいいんだけど、静かにするんだぞ。周りにマジ迷惑。


 目の腐り具合がマックスに達した俺は気を取り直して、ゆきなちゃんに向かって冷静な口ぶりで話した。


「とにかく、今は授業中だ。勉強したくない理由を教えてくれ。じゃないと、家庭教師は今回でお終いだ」


「わ、わかった。教える!」


 やっと答える気になってくれたらしい。ゆきなちゃんは俺から目を逸らし、思い詰めているのか虚空を見つめていた。

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