第35話 ゆきなちゃんは勉強ができない

 しばしたつと、皿洗いを無事に終えた西園寺せつなはドアを開いて俺の部屋に戻った。


 テーブルには3人が座っており、授業が始まるところだ。3人の表情もバラバラで、まず俺は目だけでも相手を気持ち悪くさせるような顔、ゆきなちゃんはやる気を無くした様子、西園寺せつなは期待に満ちた目をしている。まさしく三者三様。俺は、先が思いやられる気持ちに駆られて鼻でため息を小さく吐てから極めて冷静なフリをして口を開いた。


「そんじゃ、授業を開始します」


「はい…」


 俺の宣言に、ゆきなちゃんが力なく俯き、西園寺せつながドヤ顔でふむと頷く。


「とりあえず、現状把握が先だ。ゆきなちゃんの全科目平均点を教えてくれ」


「それは…」


 ゆきなちゃんは深刻な表情で言い淀んだ。それに耐えかねた西園寺せつな躊躇なく横槍を入れてきた。


「平均9点です」


「え?9点?桁が一つ違くないか」


「いいえ、平均9点です」


「えへへ、なんか照れな〜」


「ゆきな、褒めてないから」


「痛っ」


 誤魔化し笑を浮かべて頭を掻いているゆきなちゃんの頭に優しいゲンコツを食らわす笑顔の西園寺せつな。確かに笑っているのに、オ・マ・エ・マ・ジ・メ・二・ヤ・レとでも言いたげだ。やっぱりこの女は怖い。関わらないようにしよう。ていうか、家にいる時点ですでにアウトじゃないかい。


「9点ってことは、学校の授業自体を全然理解していないってことでいいよね?」


 そう言って俺がゆきなちゃんに返事を求めると、控えめに首を縦にふり、うべなう。しかし、9点か。ある意味すごいと思う。彼女らの家はお金持ちだ。優秀な教育や環境を難なく提供できるはずだ。西園寺せつなの発言によれば、塾にも通わせたし、優秀な家庭教師にも頼んだそうだ。しかし、9点止まりっていうのは、世の中の常識では考えられない。別にゆきなちゃんを責めるわけではない。あんなにお金を払ったのに、何にも結果を出せない無能な連中もいたもんだなと感嘆しているだけ。


 俺は、ゆきなちゃんの成績が上がらなければ、家庭教師を潔く辞退するつもりでいる。「成績が上がらなければ」という言い訳を使って逃げるだけなんだが。

 

 俺は自信を無くしたゆきなちゃんをチラッと見て、テーブルの上にあるテキストやら問題集やらをかき集めて、そのままタンスの中に放り込んだ。突然の行動にあっけらかんとしている二人は口をポカンと開けたままだ。俺はこの姉妹に向かって語り出す。


「俺は間違えた。俺が考えたやり方は、ある程度勉強が身についてる人にしか通用しない」


 と語り終えた俺は、降参の意味を込めて両手を上げる。


「え?ど、どういう意味ですか?」

 

 さっきまで笑顔を浮かべていた西園寺せつなは、いつしかドギマギしながら問うてくる。でも、俺はそれを軽くスルーしてゆきなちゃんに提案した。


「ゆきなちゃん、ちょっと外で話たいけどいいか」


「ふぇ?お、う、うんいいけど」


 タンスの前に立っている俺は、目くばせしてそのまま玄関まで移動した。ゆきなちゃんも俺の合図をちゃんとキャッチしたらしく、立ち上がりヒョイヒョイついてくる。西園寺せつなも次いで立とうとしたが、俺がそれを手で制止した。俺のジェスチャーを見てキョトンとする西園寺せつなは小首を傾げて俺を見つめるが、俺の言わんとすることを察したのか、納得顔でうんうん言いながら座ってくれた。


「んじゃ外出るか」


「うん」


 俺の言葉に大人しく従うゆきなちゃん。俺たちは家を出て、先週同様、西園寺せつなと交渉をした場所に降り立った。18時がちょうど過ぎた頃なので、人気はまばらだ。きっとこの光景をお巡りさんに見られると職質しまくりだろうな。


 近くのベンチに腰掛けた大人の男性一人と可愛い幼女一人。だが、この二人は深々とため息をついている。本当にため息しかでてこないシチュエーションですね。はい。

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