第158話 一心二容


 新緑……数珠子じゅずこは孵り蝌蚪かととなり、かわずと成りて蛙始鳴かわずはじめてなく

 私達の庭、今日は緑陰でお茶会を開いています。


「へぇ、それがお茶っ葉?」 


「はい。一芯二葉いっしんにようで摘まれた新茶です」


 今朝届いたお父さんからの荷物。不思議気に木箱を見つめる晴さんとポン助。

 抱きしめたくなるような幸せを囲むように、薫風が木々を靡かせている。


「一芯二葉って?」


「お茶の枝には先端に“芯”という葉が開いていない芽があり、その下に“葉”が二枚互い違いについています。合わせて“一芯二葉”。柔らかく渋味がとても少ない、この時期にしか味わえない贅沢な品です」


 私の講釈をニコニコと嬉しそうに聞かれている晴さん。そんな可愛いお顔に見つめられ、私の顔は初夏候。

 パタパタと手の平で顔を扇ぎながら、お茶の準備と一品作り。

 その間も、晴さんはニコニコと私を見つめ続けている。


「あ、あの……晴さん、あまり見つめられるとその……嬉しいのですが……」


「ふふっ、気にしないで続けて? 成る程……そうやって沸いた湯を湯呑に入れて冷ますんだ」


 あれ……この光景を……私はどこかで……


「わぁ……いい香り……それは天麩羅?」


「はい、茶の葉天麩羅です。ポン助の分もあるからね」


 御米を炊く時、御肉焼く時、魚の鱗を取っている時……お茶を淹れる時。

 どんな時でも……あなたの喜ぶ顔が見たい、その一心。

 いつも尻尾を振って……私の手からお皿が降りてくるのを待っている晴さんとポン助。そんな二人の容姿が私の心をいつまでも優しく温めてくれる。

 “一心二容いっしんによう”、それが私の…………


「美味しー♪ どうして雫の作る料理はこんなに美味しいのかなぁ? ね、ポンちゃん」

「キャンッ!!」


 それが……私の…………幸せ…………


【おかあさんなにやってるの?】


【こうやってお湯を冷ましてるの。その間にこっちを作っちゃおうかな】


【てんぷらだ……わたしね、おかあさんのつくるてんぷらだいすき】


【ふふっ、龍彦さんの分もありますからね。はい雫、ちょっと味見してみて?】


【いただきます…………ふぇぇ、おいしい……どうしておかあさんのつくるりょうりはこんなにおいしいのかな? ね、おとうさん】


【……聞いてみたらいいんじゃないか?】


【おかあさん、どうして?】


【ふふっ。だってお母さんには大切な大切なイッシンニヨウがあるから。きっと雫も大きくなれば分かるよ】 


【じゃあわたしがおとなになったらおかあさんにおしえてあげるね】


【…………ふふっ、そうだね。楽しみに待ってる♪】



「……雫? 大丈夫?」


「…………大切なことを思い出していました。こんなに大切なのに……どうして忘れていたのでしょうか……」


「……人間って、上手く出来てると思うの。嫌なことだったり、辛かったこと、大切なのに……大切だからこそ、思い出せないように心に鍵をかけたり。もしそんな大切な思い出の鍵を開けられたなら……それはきっと、雫の中で受け入れて、抱きしめて……一歩先に進んだからじゃないかな? ふふっ、よしよし……雫、大好きだよ……」  


 あなたの腕の中で流れる涙に、溢れる感情に……抗わず、只々委ねる。

 滴り落ちるその先、ポン助が私の足に擦り寄り……「キャンッ!!」と鳴いた先、見上げればあなたが微笑み、頬同士を擦り合わせてくれた。


「ほら、せっかく美味しく淹れてくれたんだし冷めちゃうから飲も? かんぱーい♪」

「キャンキャンッ!!」


「ふふっ……かんぱい♪」


 お母さん、遅くなっちゃったけど私……分かったよ。

 見えるかな?私の大切な大切な……一心二容。

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