第93話 グログランテープを薬指に


「ねぇ雫、今日はなんの日か知ってる?」


「今日は……大安です。大いに安し……ずばり “やってはいけないことが何もない日“ です!」


「ふふっ、そうなんだ? 良いこと聞いちゃった」


「ふぇ? 違ったんですか?」


「今日はね、プロポーズの日なんだって。どっちが素敵なプロポーズの台詞を言えるか勝負しよ? 罰ゲーム有りで」



 というわけで、プロポーズ勝負です。



「いつもは私が先だから、たまには雫からいってみる?」


「そうですね。では少しお時間を……」


 そもそもプロポーズとはいったいなんなのだろうか。

 昔詩音ちゃんが言ってたけど、なにやら婚約の際に貰う言葉だったような……


 propose……提案する、申し込む。

 engagementではないし、婚約を提案しますでは違和感しかない。

 婚約は入籍するまでの過程の出来事で、つまり意味として正しいのは結婚を申し込む? 

 それは……ずっと一緒にいて欲しいという意味。

 どんな言葉がいいか考えてはいるけれど……


「……ふふっ」


「可愛い顔して……どうしたの?」 


「沢山の愛の言葉を日向さんに捧げてきたので……なんだか今更だなと思いまして」


「……そうだね。でもね── 」


 日向さんは優しく微笑みながら、お菓子を梱包していたグログランテープを解いて私の薬指に結んでくださった。

 

「きっと、特別な言葉に聞こえるよ? 雫、私と結婚してください。家族に……なりませんか? もっともーっと、幸せになろ?」 


 それは、世界の色が猶々色鮮やかに見えてくるほどの、特別な言葉。

 そんなあなたの素敵な微笑みには敵わなくて……


「ふふっ。いつか……勝負事ではない時にまた聞かせていただけますか?」 


「もちろんそのつもり。私が雫に見合うような人になったら、私からの全てを……ふふっ、受け取ってね?」


 私から、グログランテープを薬指に結ぶ。

 手の甲に優しく口をつけると、どちらからともなく抱きしめて……ソファの上で一つになった。

 


 ◇  ◇  ◇  ◇



 というわけで、負けたので罰ゲームです。


 今日は相手の言うことをなんでも聞く、ということですが……

 罰ゲームでも何でもなく、あなたが望まれるなら、なんだってしますから。

  

「じゃあ今日一日、手を使っちゃダメ。いい?」 


「はい。でも食事の準備が……」


「ふふっ、出前でも頼もっか」


 不自由かなと思ったけれど、親鳥のように私に食事を与えてくれる日向さん。

 嬉しそうにしてくださるので、つい私も甘えてしまう。

 手が使えない分、頬ずりをして気持ちを伝える。

 そんな私を愛しそうな顔で愛でてくださるけれど……


「日向さん、その……お花を摘みにいきたいのですが……」


「うん、じゃあ行こっか」


「では今だけは手を……」


「ううん、私が全部してあげる。だって今日は “やってはいけないことが何もない日” なんでしょ?」


「きゃっ!? ひ、日向さんそこは── 」


 以後、大安の日に勝負を仕掛けてくる日向さんでした。

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