第74話 それぞれの特等席
今日は日向さんとドライブデートです。
道中美味しそうなホットドッグ屋さんがあったので、お持ち帰りをして車内で食べています。
「喉渇きましたか? 今お茶を用意しますね」
ペットボトルのキャップを開けて日向さんに渡す。
それは日向さんが運転する際の私の役目。
「ふふっ、口元にケチャップがついてますよ?」
指で拭って、それを口へと運ぶ。
少し恥ずかしいけれど、これも私の役目である。
それから、嬉しそうな顔で口いっぱいに頬張る日向さんを見つめる。
これも私の役目……なんて、勝手に思っています。
今日の日向さんは口数が少なくて……
そんなときは私のこと考えている、と以前仰っていたけれど……
どうなのかな……?
もしそうだったら嬉しいな。
「ここからだとお家まで一時間半程でしょうか。少し休憩されますか?」
「うん、ちょっとパーキングエリア寄るね」
高速道路のパーキングエリア。
車が殆ど止まっていない駐車場の隅に停めて、休憩です。
備え付けたカーテンをしめて、座席を倒します。
日向さんは腕を目の辺りに置いて、深呼吸している。
そんな日向さんにタオルケットをかけようとした時、頬が赤らんでいるのが見えた。
「日向さん……もしかして、具合が悪いんですか?」
「ううん。これは……照れてるの」
そう言うと、私の座席を倒して私に覆いかぶさってきた。
私を見つめるその瞳は、愛らしい程揺らいでいた。
「その髪型……自分で考えたの?」
今日の私は、低めの位置でお団子を作り、後れ毛を垂らしている。
この前の旅行で買った桜の花を模したヘアピンで前髪を留めて、おでこを出してみた。
春の陽気を意識して作ってみた、私なりの……お洒落。
「デートなので……その……可愛く在りたいなと……」
恥ずかしくて出しているおでこが熱い。
そんな無防備なおでこにキスを重ねる日向さん。
「家を出るときから……可愛くて可愛くて仕方がなかったの。ずっとドキドキしちゃって……好き。大好き」
好きな人の好きになれたことが嬉しくて、頬に擦り寄る。
あなたの吐息は、私を求める音がした。
「こんな私でよければ……その…………好きにしてください……」
「……悪い子なんだから」
揺れる車内。
タオルケットに包まれて、甘い時間が過ぎてゆく。
◇ ◇ ◇ ◇
家につきソファに倒れ込む日向さん。
長旅の運転、ありがとうございます。
疲れましたよね……
もし私が運転出来たなら……
そう思い、親友である詩音ちゃんに電話することにした。
「もしもし、詩音ちゃん? 聞きたいことがあるんだけど……」
『どしたー?』
「この前免許取ったんだよね? 自動車の免許を取るのって幾らくらいかかるのかな?」
『んー、確か……三十万円くらいかな』
「ふぇっ!!? さ、三十万!!!?」
ど、どうしよう……
そんなにかかるなんて…………
「あ、ありがとね。また後でかけ直します」
とりあえず電話を切って冷静に考える。
毎月日向さんにお小遣いを貰っているけれど、あのお金は取っておきたいし……
そもそも日向さんのために免許を取るのに日向さんから貰ったお金で取るというのは如何なものだろうか。
「雫、どうしたの?」
「日向さん……実は── 」
◇ ◇ ◇ ◇
「というわけなんです。アルバイトをしようかなと考えているんですが……」
「…………イヤ。免許取らなくていい。お願い……」
なにか困らせることを言ってしまったのだろうか……
涙を流し気弱になる日向さん。
私から抱き寄せて、優しく背中を擦る。
「ごめんなさい……私が変なことを言い出してしまったばかりに……」
「ううん、私の為を思ってでしょ? すごく嬉しい。でもね……あの場所を崩したくないの。あの場所が私は好きだから。私だけの特等席なの……」
「日向さん……」
「我儘だけど……雫には助手席で微笑んでいて欲しい。私が運転して、その隣で雫に色々な景色を見せてあげたいの。嬉しそうに助手席に座っている雫が……大好きなの」
その言葉に、母との会話を思い出す。
それは、私が八歳になる頃──
【お母さんはどうして車の運転をしないの?】
【ふふっ。だって……お母さんにはお父さんがいるから】
【どういうこと?】
【いつか分かるよ。雫が好きになる人もきっと、素敵な人だから】
あの時の言葉の意味が、少し分かった気がする。
日向さんが辛いときは運転を代わりたいし、休んでほしい。
でも……日向さんが右にいて、私が左。
飲み物の蓋を開けるときは、私が開けて……
口を拭くときは、私が指で拭う。
運転に集中している凛々しい顔を見るのが好き。
歌を口ずさんでいる横顔、楽しそうにお喋りをしている顔が好き。
手を繋ぐいつもの位置。
キスをする時の角度。
あなたが運転をしてくれて、私が隣でサポートする。
いつもの、私達。
助手席は私の特等席で……
運転席はあなたの特等席。
「では……一つだけ約束してください。私以外の人を乗せないでください。でないと私は…………」
「ふふっ、なぁに?」
「…………ヤキモチ焼いちゃいます」
「もー……大好き」
色々な立ち位置があるけれど……あなたの恋人という特等席は、私だけのもの。
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