第72話 卒業証書
「もう卒業式の季節なんですね」
彼女との散歩中、近くの学校では卒業式を終えた生徒達が校門前で写真を撮っていた。
「そういえば雫の高校って女子校だよね。どんな卒業式だった?」
「余計な友人は作るなと父に言われていたので……私自身の卒業式は華やかではありませんでした。私達のように同性での恋愛は盛んだったみたいなので、ブレザーのボタンを好きな人に渡す……なんていうものが流行っていましたね」
「へぇ、楽しそうでいいね。私は卒業式の日が大事な撮影と被っちゃったから、出られなかったの。まぁ……高校なんてまともに通わなかったから、自業自得だよね。卒業出来ただけラッキーかな」
私の高校の思い出なんて、この子たちのように彩られたものなんかじゃない。
心の奥底に置いてきた、灰色の記憶。
自傷気味に笑う私を、彼女は真剣な眼差しで見つめている。
きっと、今の私の気持ちが筒抜けだったのだろう。
そんな彼女は、家に帰るとコソコソと誰かに電話をかけ始めた。
ただ、隠れて電話をしない所が可愛くてしょうがない。
真面目だもんね、雫は。
なるべく聞こえないように努めなければ……
「…………宅急便で………………ち、違うよ。その…………明日には届く…………」
気になるなぁ……
宅急便ってなんだろう……
「…………彩さんで……日向さんの…………それともう一つ…………」
彩……?
ダメダメ、多分私の為になにかしてくれてるんだから……
うん、ポンちゃんと遊んでよう。
その後も気になることが幾つもあったけれど、気が付かないように心掛け……
二日経った昼過ぎ、仕事から帰ってきた私を出迎えてくれたのは……
「おかえりなさい、日向さん」
「た、ただいま……雫、その格好……」
カーキ色のブレザーにチェック柄のスカートを履いている彼女。
可愛すぎるその制服姿に、暫らく反応が出来ずにいた。
「変……ですか?」
「……ううん、最高に可愛い。どうしたの?」
「ふふっ、日向さんも着替えましょう」
手を引かれリビングに入ると、綺麗な飾りと共に、可愛らしいカスミソウが部屋を彩っている。
机の上には、私の高校時代の制服が置かれていた。
「日向さん……一緒に卒業式、しませんか?」
恥ずかしがり屋の雫だから……精一杯の勇気を出してくれてるんだよね。
優しく微笑んでくれている今だって……後ろで組んだ指先が小さく震えて見える。
私の為に…………雫…………
涙を指で拭い、同じように微笑んだ。
「うん、お願いします」
◇ ◇ ◇ ◇
姿見で確認する。
うん、全然イケてる……よね?
喜んでくれるかな。
可愛いって……思ってくれるかな。
リビングへ向かうと、しっとりとした雰囲気にさせるピアノの音が響いていた。
室内の中央には、椅子が一つ。
なんとなく背筋が伸びて、そのまま着席する。
あまり感傷的になるタイプではないのだけれど……涙が頬を伝う。
先程から彼女が演奏している曲達……
私が高校生の時に流行ったJ-POP。
こういったものには疎い彼女。
慣れないタブレットを操作して、何かを調べているのは分かっていた。
自分からイヤホンをつける姿も初めて見た。
深夜、私が寝てからリビングで何かしていることも……
音楽は記憶とともに刻まれていくもの。
高校時代の記憶が、頭の中を駆け巡る。
必死に演技の勉強をした。
恋愛モノの役を沢山貰ったけど、どうしてもキスだけは嫌だったから断り続けた。
中々理解されなくて辛かった。
たまに学校に行ってチヤホヤされて……
みんな、テレビで見る日向晴しか見てくれなかった。
ずっと一人ぼっちだった。
思い返すと良いことなんてなんにもないのに……
何故か、そんな思い出達も懐かしく、大切に感じてしまう。
それはきっと、あなたのおかげ。
そっか……私はまだ……
ピアノを弾き終わり、振り向く彼女。
凛とした表情は、私の姿を見て一変する。
顔が赤くなり、私を見つめたまま動かなくなった。
良かった……可愛いって、思ってくれてるんだね。
私から近づいて、優しく抱きしめる。
「ほら、頑張って?」
頬同士を重ね合わせ、着席する。
彼女は瞳を閉じて一息すると、美しい凛とした顔に戻った。
「卒業証書授与。三年九組二十二番、日向晴」
私のクラスと番号……
そんなことまで調べてくれたんだ……
「あなたは三年間、大変よく頑張りましたね。なかなか学校に行けず、お仕事との両立で板挟みになりながらも、諦めずに続けました。もしかしたら、いい思い出は無いかもしれません。ですが……あなたが頑張ってくれたおかげで、こうして私達は出会えることが出来ました。これから先、まだまだ色々なことがあると思いますが、大丈夫。もう一人ではありません。私がそばにいますから。……三年間頑張って下さり、ありがとうございました。卒業、おめでとうございます」
卒業証書を渡され、手の甲に口づけをしてもらう。
私はずっと、卒業出来ていなかった。
置き去りだっただけの、嫌な思い出。
そんな全てを、この目の前の笑顔が連れて行ってくれた。
「雫……ありがと。大好き」
「…………もっと好きです」
そう言って、彼女はブレザーのボタンを引きちぎって私に渡してくれた。
「ふふっ、あげちゃいました。大好きです。ずっと……ずーっと」
いいことも悪いことも、全てがあなたと出会えたことに繋がっているのなら、それも含めて大切な思い出。
一緒に振り返ってくれるあなたが隣にいてくれるから、どんな景色でも彩づいて見える。
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