第52話 雫ちゃんのとある日常②


 日向さんがお仕事で家にいない休日。

 寂しさを埋めるかのように、私の一日が始まる。


 最近は機械の操作にも少しだけ慣れた。

 まずはタブレットで調べ物。

 日課である日向さんのブログチェックである。

 会員制なので、この会員になるまでに三日掛かった。


 ふむふむ、昨日のお昼は手作りのお弁当……

 私の作ったお弁当が、キラキラとした写真になって載っている。

 嬉しすぎて、頬が緩みきってしまう。

 

 ……イイネのボタンを押しておこう。

 

 次は日向さんのラジオ番組に送るメッセージを考える。

 ハガキでも届くと日向さんに教えてもらったので、今回はハガキに書くことにした。


 取り敢えず、日向さんへの想いを綴ってみようかな……


 ◇  ◇  ◇


 うん、出来た。

 途中から想いが溢れすぎてしまい、ちょっとした怪文書になってしまった。

 これは後で燃やしておこう。


 日向さんとお揃いで買った服に着替えて、買い出しへ向かう。

 道中、立ち寄る所は本屋である。


 日向さんの載っている雑誌を隈なく確認し、目に焼き付ける。

 可愛いなぁ……これも可愛いし……

 ……早く会いたい。


 目の保養をした後は、肉屋へと寄る。

 以前すき焼きを豚肉で代用した際、日向さんは大変気に入って下さった。

 また作って欲しいと言われたので、今日の夕飯は豚肉のすき焼き。

 ふふっ、喜んでくれるかなぁ……


 スーパーで諸々の買い出しをし、帰路の途中……とあるものが目に入った。


 喫茶店(今時はカフェと言うらしい)の外に出ている看板、それにはマフラーを巻いて温かそうな飲み物を持っている日向さんが映っている。

 背景には雪が舞っているので、冬用の広告なのだろう。

 “大切なあなたと、特別な時間を” 

 写真の日向さんは淡雪のように優しく微笑んで、今にも私に話しかけてくれそうな……


 その笑顔に乗せられて、つい店内に入ってしまう。


 働いている人も、ここでお茶をしている人も、全てがお洒落である。

 対する私は、買い物袋から長ネギが顔を見せている。

 

 引き返そうとしたけれど、そんな勇気もなくて……

 とうとうレジの前まで来てしまった。


「ご注文はお決まりですか?」


 決まってません。

 そもそもこの呪文の様な商品達はいったい何なんだろう。

 フラペ?マキ…………ふぇ?


 そういえば、看板の日向さんが持っていたアレは何ていう品かな?

 抹茶……キャラメル……何となく理解できる単語がチラホラあるけど……

 その後ろにつく呪文がよく分からない。


「お客様?」


「そ、その……えっと……」


 やっぱりお洒落な所は私には不向きだ……

 このまま走り去りたいけど、そこまで度胸もないし。

 どうしよう、泣いちゃいそう。


「ブルボン・ポワントゥのショートと……それから抹茶ラテのトールで」

「ひ、ひな── 」


 人差し指を口に当てられて、サングラス越しにウインクをする日向さん。

 どうしてここに……?


 商品を受け取り、手を引かれ足早にお店から出る。

 路地裏に入ると、日向さんはマスクとサングラスを外した。


「ただいま、雫」


「あっ、そ……えっ、と……」


「もー、声になってないよ? 落ち着いて」


 そう言いながら抱きしめられ、誰もいない路地裏で長い長いキスをした。

 一瞬にして、足りないモノが満たされてゆく。

 はしたない事だと分かっているのに、私から求めてしまう。

 だって、一日中あなたの姿を追っていたのだから。


「寂しかったよね。ごめんね」


「いえ……その……もう平気です」


「ふふっ、私の広告に釣られた可愛いニャンコはどこの誰かにゃ?」


「…………私です……にゃ」


「……続きは家でしよっか」


 手を繋ぎ、肩を寄せ合って歩く。

 時折強く抱き寄せられると、多幸感に包まれて何も考えられなくなってしまう。

 

 夢見心地で、フワフワと。


「どうして私があの店にいると分かったんですか?」


「ふふっ、なんでだろうね」


 理由よりも事実が嬉しくて……

 只々、幸せを噛みしめる。


「あっ、机の上にラジオ局宛のハガキ置いてあったから出しておいたよ。なんて書いてあるかは見てないから、楽しみだね。読めるといいなぁ」


「………………ぷぇっ!!?」


 翌週無事読まれた。

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