第47話 親子のカタチ


「連絡もせずいきなり来おって……非常識極まりない連中だ」


「おじさんが雫の携帯へし折ったんでしょ? それに連絡したって拒否するくせに」


「ぐぬぬ……」


 以前あった出来事は、母と彩にざっくりと伝えた。

 それを聞いてから、彩は雫父にずっと苛ついていたようだ。

 

 ……ぐぬぬ、なんて言う人が本当にいるんだ。


「とりあえずお墓参りさせてよ。裏庭にお墓があるんでしょ?」


「帰れ!! なんの関係もない貴様に── 」


 案の定怒り狂う雫父に対して、彩は背負ってきた大きめのリュックサックから何かを出そうとしている。


「まぁタダじゃ済まないとは思ってたから…………はい、これあげる」


「な、なんだこれは?」


「米。これがお金の代わりなんでしょ?」


「そんな訳ないだろう!!!?」


 渾身のツッコミに、思わず吹き出してしまいそうだった。

 どうやら母も笑いを堪らえているようだ。


 彩の織り成す自由奔放な空気が、張り詰める筈だったこの場を溶かしていく。


「貴様、人を馬鹿にするのも大概に……」


「真面目だし!! おじさんこそ私の事バカにしてるじゃん」


 そう言って彩は雫父に詰め寄っている。

 間違った知識かもしれないが、彩なりに調べ、考えてきたのだろう。

 ホント、雫の事が好きなんだね。


「私の目を見てよ」


「だ、誰が貴様の目なんぞ見るか……」


「……はーん、分かった! おじさんドーテーでしょ」


「な、何を言ってるんだ……」


「女の人の扱いに慣れてないもん。そういう人をドーテーって言うんだよ」


 彼女に負けず劣らずの純粋さ。

 その彼女も、「そうなんだ」と言わんばかりの顔をして頷いている。 

 もう可愛すぎる。


「子供がいるのにそんな筈ないだろう!!?」


「それって関係あるの?」


「な、なんと言えばいいのか……」


 雫父にとって、彩のような存在は天敵なのだろう。

 言葉に詰まり、遂には私を見て助けを求めている。

 そろそろ私の出番かな。


「彩、雫のお父さんはドーテーさんじゃないと思うよ? だって私達をこんな冷たい玄関じゃなくて、家の中に案内してくれる優しい人だもの。そうですよね?」


「………………雫、リビングへと連れてきなさい」


 ◇  ◇  ◇


 慣れた手付きでお茶を淹れる彼女。

 知らない時代の彼女を感じることが出来て、思わず口元が緩む。


「雫、お腹空いたー。なんか無いのー?」

「ふふっ、では何か作りましょうか」

「じゃあお母さんも手伝おっかな」



「……貴様はやらないのか」


「私は食べる専なので……」


「そうか…………」


「ですね…………」


 和気あいあいとした三人、これ以上ないくらい気まずい二人。

 でも、この場所で楽しそうにしている彼女が見られるなら、なんだって構わない。


 そんな事を考えていると、耐えられなくなった雫父が口を開いた。


「……貴様等のしている事は理解に苦しむ。一体何を考えているのか……」


 その言動と瞳に、この人がどんな人なのかが少しずつ伝わってくる。

 その事実に、思わず笑ってしまった。


「な、何が可笑しい!?」


「ふふっ、あの子と似てるなと思ったので」


「……」


 ◇  ◆  ◆


【雫は龍彦たつひこさんに似てますから】


【どこが似ているんだ。キミの生き写しじゃないか】


【ふふっ……私がいなくなったら、龍彦さんがあの子の背中を押してあげて下さいね。本当はいつまでも傍にいてあげたいのですが…………】


【下らん事を言うな。また明日来る】


 ◆  ◆  ◇



「結局……明日なんて来なかったな」


 どこか遠い目で雫を見つめている雫父。

 淋しげに呟く言葉を聞いていると、彩がこちらに駆け寄ってきた。


「ねぇ、おじさんも一緒に作ろうよ」


「な、なんでそんな事を……」


 ……この人は、雫と同じ。

 違う所は、雫には私がいて……この人には、その存在がいなくなってしまった事。

 

 不器用で意地っ張り。

 キッカケが無ければ振り向いてくれない。


 でも、キッカケは彩が作ってくれた。

 今なら出来る。

 それは、いつも私が雫にしてあげる事。


「ほら、せっかくだからやりましょうよ。ね、【龍彦さん?】お父さん?」


「………………そういう……事だったのか……」


 ほんの一瞬、それは見間違えかもしれないけど……

 少しだけ涙を目に浮かべ、口元が緩んだ雫父が見えた気がした。


 彩が手を引き、渋々歩きだす。

 その背中は、少し不器用で、どこか温かく優しい姿に思えた。


 ◇  ◇  ◇


 夕食後……


「こんなに暗いんじゃお墓参り出来ないじゃん。ねぇ、泊まってってもいい?」


 漆黒の僻地。

 外灯などあるはずもない。


「お母さん、いいでしょ?」

「そうね、パパに聞かないとね」


 その瞬間、飲んでいたお茶を吹き出す雫父。

 心なしか顔が赤い気がする。


「だ、誰がぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱっ!!?」


 動揺しすぎてゲシュタルト崩壊を起こしている。

 もしかして……


「ねぇパパー、泊まってってもいいでしょ?」


「そ、そ、その言い方を辞めたまへ……」


 混乱すると語尾を噛むあたり、流石は親子である。

 彩はそれに気づいたのか、パパという単語を連呼して遊んでいる。


 その姿を、羨ましそうに見つめる彼女。

 一歩踏み出す勇気を、私が後押しする。


「雫も言ってご覧? 大丈夫だから」


 優しく微笑むと、彼女が少しだけ震えながら口を開いた。


「と、泊まってもいいかな? ……………………パパ?」


「…………………………」


「あーあ、壊れちゃった。雫、可愛すぎ」


「わ、私のせいですか!?」


「雫さん、寝間着とかあるかしら?」


 ……自由な親子だな。


 ◇  ◇  ◇


 その日の夜は、彼女の思い出話に花が咲いた。

 いつもとは違うシチュエーションに、少し興奮気味の彼女。

 それがまた可愛くて、皆が寝静まると、彼女を求め続けた。


 おかげで随分と遅い朝(私だけ)が来た。


「日向さん、おはようございます。朝食……といいますか、昼食の準備がもうすぐ終わるので少し待ってて下さいね」


 割烹着姿の彼女は、生き生きと家事をこなしている。

 きっとこんな未来も──


「貴様は何時もこんなにだらしない生活をしとるのか?」


「……おはようございます…………」


「ふん……これだから都会の者は── 」


 愚痴愚痴と喋り続ける雫父。

 こんな所に一人でいるんだもの、寂しいよね。


「…………ごめんなさい」


「……辛気臭くなるだけだ。顔を上げろ」


 私を叩いた右の手を、バツが悪そうに撫でている雫父。

 案外、私達は似た者同士なのかもしれない。


 ◇  ◇  ◇


「おっさん、またねー!!」 

「彩、ちゃんと挨拶しなさい。お世話になりました」


 早々とどこかへと走り去っていく彩。

 母さんはそれを追いかけていった。


「また来ます」


「貴様の顔など見たくない」


 相変わらずのぶっきらぼう。

 以前と違う所は、私と目を合わせてくれている事。

 思わず笑ってしまう。


「何が可笑しい!?」


 私達のやりとりの横で、もじもじとしている彼女。

 雫父に見せつけるように手を繋ぐと、少しだけ強く握り返してくれた。


「お、お父さん。身体に気をつけてね。寒いから、湯上がりと厠の後は特に。それから、あまり味付けの濃い物は控えて、お酒も程々にね。冷凍庫に何品か作った物を入れてあるから、チンして食べてね。それから、それから……えっと……」


 私から、強く握り返す。

 本当はキスしたかったけど、面倒な事になりそうだったから辞めた。


「ま、また来るね……その……いいかな……?」


「…………次からは連絡して来なさい。おい、貴様」


「日向晴って名前があるんですけど?」


「…………電話で言った事、最後まで果たしなさい」


 言い放つと直ぐに背を向け腕を組む。

 照れると腕を組む癖があると昨夜教えてもらったので、二人して笑ってしまった。

 これがこの人なりのエールなんだろう。


 ホント……ふふっ、不器用な人だね。

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