第6話 本物にはどんな演技も敵わない


 この業界に初めて足を踏み入れたのは12歳になる頃だった。

 街でスカウトされて、次の年には映画の主演を務めた。

 

 顔もそんなに悪くないと思うし、演技も大分マトモになってきた。

 周りの人はチヤホヤしてくれるし、お金には困らないし、天職だと思っていた。


 こんな仕事だから、数え切れない程の人間を見てきた。

 上から見てくる人、頭が上がらない人、すり寄ってくる人……

 その内に、顔を見るとその人が考えてる事がなんとなく分かるようになった。

 

 とりわけ男とはなるべく関わりたく無かった。

 下品な目つき。一目見ればすぐに分かる。


 権力者だろうがスタッフだろうが、誰も私の事をマトモに見てくれる人はいなかった。


 名前が売れるにつれて、生きづらくなった。


 同性からは妬まれて、異性からは詰め寄られて。


 20歳の誕生日、私の事を心から祝ってくれる人なんかいなかった。

 仕事を辞めようかと考え適当な駅で降りて、飲めるようになった酒を飲んでゲロを吐いて倒れた。


 あの時の記憶はあまりないけど、何故か凄く心が穏やかだった。


 私の事を知らない人、それは私が探していた人。

 思ってる事がすぐに顔に出て、嘘が付けない……誠実に接してくれる彼女は、誰よりも澄み切った心を持っていた。


 自分の誕生日を一人で祝おうと買ってあったケーキを見て、私の中で何かが生まれた。

 心の底から、彼女を祝いたかった。

 そして、彼女に祝われたかった。


 探し求めていた彼女に、私は恋をしている。

 彼女も私に恋をしてくれている……んだと思いたい。


 一途で健気な彼女が、私という人間を知ったらどう思うだろうか。

 この幸せを失いたくない恐怖と、彼女なら他の誰にも出せない答えが返ってくるんじゃないかという期待。


 すべてを見終わり、館内は明るくなっていた……けれど彼女は俯いて何も喋らない。

 恐怖心が上回り、鼓動が速くなる。

 何か口に出さないとおかしくなりそう。


「あ、あのさ……雫……私ね……その……」


「…………ぅぅ………っ……」


 見ると彼女の瞳からは大粒の涙が溢れていた。

 不謹慎だけど、その姿がとても可愛い。


「良かったですね……二人は幸せになれたんですね…………ごめんなさい……こんなに素敵な映画を見るのは初めてで……」


 在り来りなラブストーリー。

 売り出したい若手俳優やアーティストを全面に押し出した広告的な映画。

 脚本なんか二の次、作る側も見る側もそんな作品だと思っていたけれど、それは私達の心が汚れているからなのかもしれない。


「……雫、私は女優なんだ。知らない人はいないくらい……だと思う。だからさ……その…………どう思った?」


「……とても素敵な仕事なんですね。こんなに感動したのは久しぶりなので……お恥ずかしい所を見せてしまいました……」


 あれ?なんだろう、この違和感は。


「嬉しいけど……そ、それだけ?」


「えっ……?」


「ほら、芸能人なんだし……その……色々大変でしょ?だから……私といるのも大変かなとか……」


「な、なにか問題があるのでしょうか?もしかして私何か失礼な事を……」


 …………私は愚かだ。

 線引をされたくなくて、本当の私を見て欲しいくせに……私自身が線引をしていた。

 自分のことばかりで……


「……ううん、なんでもない。ありがとう、雫」


「そ、そんな、顔を上げてください…………映画を見ていて、一つだけ思った事があるんです」


「ん?なに?」


「……日向さんが他の方と抱きついた時……心の中がゾワゾワしたんです。何故か悲しくて…………ごめんなさい、変ですよね」


 堪らなく愛しくて、誰もいない館内で抱きしめた。


「私もね、ああいう演技嫌いなんだ。仕事だから仕方なくやるけど……キスはした事ないんだよ。それだけは絶対に……好きな人としかしたくなくて」


「そ、それって……その……あの……」


 顔が紅くなり狼狽えている。

 ホンモノにはどんな演技も敵わない。


 落ち着かせる様に、優しく口づけをする。


「こういう事。分かった?」


 暫く私を見つめ、その後少し目線を下げゆっくりと彼女は頷いた。


「……どうしてそんなに可愛いの?」


「か、可愛くなんかありません……けど……」


「けど?」


「その……ありがとうございます……」


 尻窄みになる言葉。

 愛くるしいその姿、思わず抱き寄せる。


「……ねぇ、私の家に来ない?」


 今日イチで顔が紅くなる。

 優しく抱き返してくれたのは、OKって事なんだろう。


 この底の無い愛情に、どこまでも溺れてしまいそうだ。

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