第9話 マーティン〜機械仕掛けの街〜

 嵐が止むのを昼過ぎまで待ち、一行はネイバルを発った。結局、ネイバルでの収穫はなし。誰一人として青い空のことを知っている者はいなかった。

 次なる目的地は隣国のマーティン。高い生産性と品質の良さに定評がある工業国だ。


 入国審査を終えゲートをくぐると、そこには見たこともない景色が広がっていた。


 通り沿いにびっしり並んだ灰色の建物。高く突き出た煙突からもくもくとあがる煙。街のいたるところから響く機械が動く鈍い音。


 人工物にあふれた街並みは、自然を魔法で補って暮らしているダーデッドやネイバルとはまったく違う光景だ。


 そして何より四人を驚かせたのは、その明るさである。


「うわぁ……!明るい!」

 リオがいちご色の瞳をキラキラさせて言う。

 通りには無数の灯棒が立ち並び、その一つ一つが煌々と明かりを灯している。光は隅々にまで行き届いていて、街全体が眩しすぎるほどに明るい。

「本当だね、ちょっと目が痛いかも」

 経験したことのない強烈な明るさに、シイナは眉をひそめる。

「灯棒の数がずいぶん多いわね。この通りだけでいったい何本あるのかしら」

 レイリは白んだ通りの先に目をこらした。

「炎床もすごく強くてあったかいよ。ね、すごいね、ナツ!」

 ローファーの先で道路を叩きながら、リオがナツを振り返る。光魔術師の自分が灯棒に心躍らせたように、炎魔術師のナツもこの暖かな街を気に入ったはず、そんな気持ちで明るく声をかけたが、返事がない。


「ナツ?」

 ナツは苦しそうな顔で首を横に振った。怒ったような、焦ったような声で言う。


「そんなこと言ってる場合じゃないよ。これだけの魔法道具、どうやって動かしてるっていうの?どんな厳しい魔力回収をしたらこんな街ができるのよ!」


 その言葉に、三人ははっと息をのんだ。


 魔法道具は、教会での人々の魔力提供によって動く。しかし魔力とは魔術師の生命線だ。魔力が尽きれば命もない。人々の安全のために各国の教会が当番を決め、無理のないよう交代制で魔力を回収している。だからこそ、魔法道具の数や動きは最低限に抑えられ、行き届かない場所もあるのが普通なのだ。


「たしかに、これだけの魔法道具が同時に稼働しているのは異常ね……」

 レイリがつぶやく。

 四人は打って変わって深刻な表情で街を見渡した。


「……人、少ないね」

 リオがぽつりと言った。

 通りを歩く人の姿はほとんどない。静かすぎる街に、機械の重低音だけがうるさい。

 四人が顔を見合わせた、そのとき。


「君たち、当番はどうしたんだ」


 背後から誰かが言った。

 慌てて振り返ると、そこにいたのは一人の男性。服装から察するに警備員だ。体つきは立派だが、顔は青白く痩せていて生気がない。

「今日は十代から三十代までが当番の日だ。早く教会に行きなさい」

 紫色の唇から発されたのは、無感動な声。光のないぎょろりとした目が、無遠慮に四人を見る。シイナは怯えてリオの袖をつかんだ。

 どうやら男性はリオたちのことを当番をさぼっている国民だと誤解しているらしい。そのことに気づいたレイリが、一歩前に出る。


「違うんです。私たちは旅行客で」

「今日は十代から三十代までが当番の日だ。早く教会に行きなさい」


 レイリの言葉を遮り、男性が再び同じことを繰り返した。

 四人はぎょっとして視線を交わす。

 まったく聞く耳を持ってくれない。こちらのことになど最初から関心がなく、決められたせりふを機械的に読み上げているだけのように見える。


「当番を怠ることは許されない。早く教会に行きなさい」


 もう一度そう言って、男性は近くにいたナツの手をつかんだ。

「ちょっと!」

 戸惑うナツを無視し、その手を引いて歩きだす。

「何するの、離して!!」

 抵抗するも、強い力で引っ張られついて行くしかなかった。突然の出来事に呆然としていたリオたちだが、連行されるナツを慌てて追いかける。

「待って!ナツ!」

「どこに向かってるんだろう」

「教会でしょうね。強制的に働かせるつもりだわ」

 リオが追いついてナツの手をつかんだ。

「待って!話を聞いて!」

 男性に訴えかけるが、その足は止まらない。リオをも引き連れて通りをまっすぐに進んで行く。


「全然聞いてくれない……!」

「埒が明かないわね」


 成人男性の、それも警備員である彼の腕力に自分たちが勝ることは難しい。おそらく魔法を仕掛けても負けてしまうだろう。苦々しそうに唇を噛んだレイリは、通りの向こうに四十代くらいの男性が歩いているのを見つけた。


「すみません!助けてください!」


 とっさに声を張り上げる。

 男性が緩慢な動作でこちらを振り向く。その顔は不気味なほどに青白い。


「さらわれそうなんです!助けてください!」


 シイナも大きな声で叫んだ。

 男性は足を止め、のろのろと顔を動かしてレイリとシイナ、そして前を行く警備員とリオ、ナツを順に見る。しかし、再び前を向いて歩きだしてしまった。


「そんな!」


 シイナが悲痛な声をあげる。

 こうしている間にも、リオとナツは半ば引きずられるようにしてどんどん離れていってしまっている。

「しかたない、氷で足止めして――」

 レイリが強硬手段にでようとした、そのとき。


 ドカン!!


 何かが爆発したような衝撃が走った。

「何!?」

 音のした方を振り向くと、警備員の足元で炎がめらめらと燃えていた。

「ナツ!?」

 ナツの攻撃かと思ったが違うようだ。一番近くにいるナツは一番驚いている。


 ドカン!!


 もう一発。空から炎の玉が降ってきて警備員を襲う。警備員がひるんだ隙に、リオとナツはその手を逃れた。


「二人とも!大丈夫?」

「大丈夫だよ!」

「それよりあの炎は!?」

「わからない。でも、ひとまずここを離れましょう」


 合流した四人は、不安や疑問を抱えながらも駆け出した。警備員は植物魔術師らしく、鎮火に手間取っている。今のうちに、できるだけ遠くに逃げなければならない。できれば彼の視界に入らないところまで行きたいが、整然と整えられた街の道はどこまでもまっすぐな一本道で逃げ場がない。


「どうする!?」

「これじゃあすぐ追いつかれちゃうよ!」


 追いつめられた四人の前に、突如、真っ赤な火の玉が現れた。

「わ、何!?」

 火の玉は四人を先導するかのようにふわふわと飛んでいく。


「さっきのと同じ炎だ。ついて行ってみよう!」


 ナツが言った。

 どういうわけかはわからないが、あの炎はたしかに自分たちを助けてくれた。今度も助けになってくれるかもしれない。


 次の瞬間、火の玉は建物と建物の間の隙間に飛び込んだ。


「狭いけど行ける!」

「入ろう!」


 四人も順に狭い路地に体をねじ込んでいく。リオたちが体を横にしなければ通れない細い道だ。おそらく大柄なあの警備員には通ることはできないだろう。


 道を進むにつれて大通りの灯棒の光が遠くなっていく。明かりがほとんど届かなくなった頃、先頭を行くナツの目は、火の玉とは別の、ゆらゆらと揺れる真っ赤な炎を捉えた。


 やがて、狭い道を抜けて開けた空間に出る。灯棒のない暗い場所。中央で焚き火がぱちぱちと音をたてている。


「ここは……?」


「ようこそ、旅のお嬢さんたち」


 突然、誰かが言った。やや高めだが男性の声だ。しかし暗く、どこに誰がいるのかわからない。


 警戒する四人の前でぱっと炎があがり、一人の少年の顔が照らされた。


「はじめまして。俺はマニ。どうぞよろしく」


 少年――マニは、この街の誰とも違う、生き生きとしたいたずらっぽい笑顔を見せた。


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太陽を探しに 涼坂 十歌 @white-black-rabbit

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