130.ただいま、おかえり
――気がつくと、そこは……学校の教室だった。
彼が異世界へと行く前に、普通に授業を受けていた教室だ。三年前の記憶から、何一つ変わっていないその教室。自分の机に突っ伏していた俺は、顔を上げ、立ち上がる。
「おっ、梅屋が起きたぞーっ? 確かあの世界に召喚された時も一番起きるの遅かったよな、あいつ」
離れた所から俺を指差し、軽い口調で言うのは工藤茂春。服装はこの現代日本には相応しくない、鎧なんかを身に着けている。
「梅屋君……、体は大丈夫?」
続けて、こちらに駆け寄って来たのは――すっかり異世界に溶け込んだ姿の、水橋明日香。確か、離れた街で神崎あかねと共に宿を経営していたんだっけか。
「……夢じゃ、無かったんだな……」
夢であるはずがないだろう。あの痛み、悲しみ、苦しみ、楽しさ、嬉しさ、その全てが俺の身体の芯にまで刻み込まれているのだから。これが夢であるはずがない。
教室を見ると、まるであの瞬間から時間が止まっているような――いや、本当に止まっていたのだろう。
黒板に白チョークで書かれた日付は、俺たちが異世界に召喚された日のままになっている。時計はすっかり電池が切れていて、この教室はもう既に使われていない事が分かる。
そして、まだ外が明るいにもかかわらず――校内から、他の物音一つしない。どうやら、この学校には俺たち以外にはもう誰一人いないらしい。
俺たちが急に居なくなった事件をきっかけに、廃校になってしまったのか……。そのあたりは、この世界へと戻ってきたばかりで、いわゆる浦島太郎状態になってしまっている俺たちには分からない。
きっと唯葉達の学校でも、今頃俺たちと同じような話が行われているのだろうか……とも思いつつ俺は、再びこの教室で出会った二年四組と向き合う。
……あの時。三年前の俺とは違う。もう、自ら関わりを拒んだりなんて事はしない。――確かに、あの異世界でさまざまな経験を通して、俺は……成長したらしい。
とにかく、今。この世界へと戻ってきた俺たちが言うべき事は一つだろう。
「「「……ただいま」」」
***
あの後、誰もいない学校にずっといた所で始まらないので、ひとまず解散し、各自家へと帰る事にした。
俺は両親はおらず、心配を掛けた相手といえば親戚くらいだろうか? ……しかし、他のクラスメートたちには両親も、それ以外にもまずは顔を合わせるべき相手が沢山いるだろう。
……でも、家族はそれだけじゃない。誰よりも大切で、異世界でも苦楽を共にした、大切な家族がいる。
俺は、ガチャリと家のドアを開けると――その先のリビングには。……一人の少女の姿があった。
「おかえり、お兄ちゃん」
――梅屋唯葉。俺の大切な……妹だ。
「ただいま、唯葉」
……そして、二ヶ月間。俺よりも早くあの世界へ召喚され、家を開けていた妹、唯葉に対して――俺は。
「……おかえり、唯葉」
そう一言。優しく迎え入れるように言う。
そして、唯葉も――
「……ただいま、お兄ちゃん」
兄妹二人が暮らすこの家で、三年以上の月日が流れた末に。
……本当の意味で。二人の兄妹は、再会を果たしたのだった。
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