74.ダークエルフの男

 森の中を走るプレシャは、魔物とも違う、異様な気配に気づく。


(この気配……、どうやら当たりのようだな)


 魔物に知性を与え動かす。それも、二万もの軍勢を動かすには莫大な魔力が必要。そして、魔物を操りながら他の事をするのは不可能。――探しだして、不意打ちを仕掛けてしまえば今の彼女でも簡単に殺せるはずだ。


 ……もちろん、相手が一人であればの話ではあるが。複数人相手、それも二万もの軍勢を動かせる実力者を相手に今の彼女が勝てるとは思えないので、もしそうであれば、自身の無力さが悔しいが、応援を呼ぶことになるだろう。



 気配がするのは少し離れた茂みのあたりからだった。そこを目掛けてプレシャは魔法陣を展開し――そこに目掛けて思いっきり拳を振るった。


 魔法陣越しに放たれた拳には、茂みの奥で確かに感触があった。……ただし、硬い。


 その攻撃は、明らかに『防がれた』感触だ。そして、咄嗟に二万のゴーレムの制御を解いてから防御に移ることなど、魔王であるプレシャにもできる自信がない。


 そこから導き出された結論は――


「ゴーレムを操る魔人の位置を特定したッ。場所は近くの森の中。アイツらの親玉は複数人居るようだ。……我一人では厳しい。応援に来てくれッ」


 ポケットから取り出した共鳴石を握り、プレシャは叫ぶ。


 これで彼女の存在は完全にバレてしまった。あとは……この呼びかけを聞き、彼らが駆けつけてくれることを願うのみ。そして、それまで時間を稼ぐこと。それがプレシャにできる限界だ。



 それから間もなく、茂みから一人の魔人が現れる。


 銀髪に褐色。そしてスラっとした体つきに昔から森で隠れ暮らしていた名残であるその軽く風通しの良いその衣服。


 そんな特徴から、魔人の中でも竜人や魚人といった上位種族と並ぶ種族の一つ。いわゆる『ダークエルフ』の男だろう。


 極めて高い魔力を持ち、それは魔王であるプレシャにも匹敵する。総合力で言えばもちろん、万全状態のプレシャの方が上ではあるが。


 それほどの魔力を持つ種族。その茂みに隠れてゴーレムを操り続けるもう一人が、同じダークエルフであれば、この軍勢を動かせるのも納得だ。



「魔王、プレシャ・マーデンクロイツ。残念だったな。……どうやら今の魔王は力を失っているようだな。――話は変わるが、このグランスレイフに『統治者』は不要。そう考える俺たちが、その統治者を倒す。絶好のチャンスだとは思わねえか」


 マーデンディアは、魔王であるプレシャが何百年、それ以上に支配を続けている。ただでさえ寿命が長い魔人。それよりも寿命の長い魔王だからこそ。


 それがずっと続けば、不満を持つ者だって少なくない。目の前の彼らも、そんな連中なのだろう。ならば、


「見せてやろう。――我が、このグランスレイフを。魔族を治めるに相応しいという理由を。その身をもって貴様らに教えてやるッ」


 プレシャは一度後ろへ下がり距離を取ると、その場で再び魔法陣を展開。すぐさまその魔法陣にパンチを打ち込む。


 ダークエルフの男の後ろにも展開された魔法陣から、空間を超えた彼女の拳が現れる。が、当たる事もなく、軽々と避けられる。


 次々と展開しては魔法陣を殴り、展開しては殴り……を繰り返すが、そのどれもが避けられる。


 ダークエルフは、身体能力も並の魔人なんかより遥かに高いのだ。それなのに、こちらは本来の力も失い、戦闘力はガタ落ちしている。……普通に考えれば、勝ち目などなかった。


「……噂通りのようだな。力を失った今の魔王に、一体何を教えられるのやら」


 軽く笑いながら言うダークエルフの男に、プレシャは歯噛みしながらも――その悔しさをさらに力に変換して。


「『魔王』と貴様ら『ダークエルフ』の決定的な差は


 プレシャは静かにそう言い放つと、再び魔法陣を使った攻撃を続ける。しかし、簡単に避けられてしまい――回避行動を続けていたダークエルフの男が、一度体勢を整えると、


「『ダークネス・アロー』ッ」


 静かに唱えた魔法は――紫色の太い矢を生み出して、プレシャの元へと放たれる。


 勢いよく飛ばされた矢は、彼女の肩にグサリッ! と突き刺さり、穴を開ける。


「――ッぐあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 魔王であるプレシャは、痛みに悶えながらも立ち続ける。……彼らが、応援に来てくれるというただ一つの望みを信じて。



 その間にも、ダークエルフの男はこちらに向けてさらに魔法を撃ち込む準備をしている。


「……『ダークネス・アロー』」


 そして、対する彼が唱えると――二本目の矢が放たれる。


 自身の最期を見届けろと言われているかのように、時間がゆっくりに感じた。飛んでくる矢が、とても遅く感じる。



 ……つい先日まで争っていた人間が、本当に駆けつけてきてくれるなんて、甘い考えだ。……そう思ったが、結局は自身の無力さが招いた種だ。大人しく受け入れよう。


 ――そう考えた瞬間。


 一本の雷撃が、ダークエルフの男の身体を貫いた。


 一本の剣が、ダークエルフの放った紫色の矢を切り落とす。


 空を舞う剣士が、ダークエルフの右腕を切り落とす。




「済まない。待たせてしまったな……」


 その声に、プレシャは後ろを振り向く。


 ――そこに立っていたのは、三人の人間の姿だった。

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