2.無一文からの脱却
……さっきは勢い余ってあんな事言ってしまったが……このままじゃ本当にあの金髪シスターの言った通り、野垂れ死にかねないな。
さっきまでは建物の中だったからか、実感は薄かったものの……城を出て、実際に外の風景をこの目で見て、改めて。本当に異世界に来てしまったんだなと実感が湧いてくる。
街並みが、ファンタジーの世界でよく見る『中世風』そのものなのだ。こんな場所、日本では絶対にお目にかかれないだろう。
――さて、どうしよう。お金がない。そんな単純すぎる事実が、俺を極限まで苦しめる。
持ち物は、学生服のポケットへと入れていたスマートフォンと財布だけ。教室の机の横へ置いていたカバンも一緒に転移してくれば、コンビニで買っておいた昼食のパンがあったのにな。
財布の中の日本円はさっき、物は試しと店で使えるか試してみたが、当然のように使えなかった。まあ、仮に使えたとしても、一日分の食費で終了してしまいそうな金額しか入ってないのだが……。
あとはスマートフォン。この世界観ならば、こんなハイテクな電子機器は存在しないと思うので、『魔道具です』とでも言って売れば多少のお金にはなるだろうか?
充電が切れればうんともすんとも言わない、ただの文鎮になってしまうので半分詐欺みたいになってしまうが……生き延びる為には仕方がない。
「すみません。質屋ってこの辺にありますか?」
「……ああ、質屋ならそこの角を曲がった辺りにあるよ。黄色い看板のお店」
街行く男性に聞いてみると、あっさりと返答が返ってくる。幸い、言葉は通じるのが助かった。聞いている限り日本語ではないのだが、何故か違和感なく聞き取れるし、話そうと思えば話すことができる。自分の知らない感覚が混在していてなんだか気持ち悪い。
しかし、今まで通りの感覚で人と話せるのはありがたい。言葉も通じない場所で一人きりなんて、詰み以外の何でもないし。
ちなみに文字も、日本語でも英語でもない、全く知らない文字ではあるが読むことができた。
どこにでもいるただの高校生なので、使える言語はもちろん日本語だけのはずなのだが……とにかく、読み書きに困らないのは救いだろう。
あまり細かいことを気にしていては、気になることだらけになってしまって埒があかなくなってしまうのでとりあえず、教えてもらった質屋に向かうことにする。
***
「という訳で、これを買い取ってもらいたいんですが」
まだ機種変更してから二ヶ月しか経っていないピカピカのスマホを、質屋のおじいさんに手渡す。
「ふむ。……これは何じゃ」
「こうやって使います。ここを押したら……カメラが起動して、風景を残せます」
「かめ、ら……かめ?」
やはりこの世界にカメラはまだ存在しないらしい。読みは大当たりだ。きっと初めて見る『写真』に、腰を抜かすだろう。
――カシャッ!
「はい、できました」
「ほ、ほわーっ!? わしの絵が一瞬で……!?」
見てるこっちまで嬉しくなってくるような驚きようだ。この調子で色々な機能を見せつけて、出来る限り高値で売り付けてやろう。
「他にも色々できます。ここを押せば、暗い場所を明るく照らす光に。これを使えば正確な時間を測れます。これは絵を描いたり、メモを取ったり……」
俺は、長い長い、スマートフォンの初心者講座を始めた。その甲斐あって、
「凄いのう、この……すまーとほん、じゃったか。小金貨3枚でどうじゃろう?」
「これは絶対に他じゃ手に入らない代物で、世界に一つだけの物です。もう一声欲しいかな」
小金貨3枚……というのがよく分からないが、お金は多いに越した事はない。出来るだけ高く売り付けてお財布に余裕を持っておきたい。
「うーむ……、それじゃあ小金貨4枚……」
「こんな綺麗に絵を残せるのは、このスマートフォンだけですよ?」
何せ、最新のカメラ機能を全面に売り出している十万円超えのスマートフォンだからな。めちゃくちゃ画質が良い。
「分かった。小金貨5枚じゃ。これ以上は出せん」
さすがにこれ以上は無理だろうか……? 欲張りすぎず、ここで引いておくとしよう。
「わかりました。交渉成立ですね」
こうして、分割払いで買った俺のスマートフォンはたったの二ヶ月で、得体の知れない小金貨5枚へと姿を変えてしまったのであった。
まあ、この世界じゃ充電どころか電気があるかすらも怪しいくらいだし、持っていても役に立つ機会は少なそうだ。それなら早めにお金に変えてしまった方が得策だろう。
充電は残り71パーセントだったので、普通に使っていれば何日かは持つはずだ。この世界にクーリングオフ制度がない事を祈りながら、俺は質屋を後にする。
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