お題短編置き場

夏野レイジ

夜鳴くにわとりは月を産む(お題:たまご)




 ──コケコッコー!


 鶏小屋から聞こえてきた鳴き声を聞いて、少女は家の裏口を開けた。

 幼い彼女を出迎えたのは、夜の闇と月明かり。

 その頭に父親との約束がよぎる。


『夜に鶏が鳴いたら、どこにいても絶対に外に出てはいけないよ。それは災厄様がやってきた合図だから』


 強い語調でいい含めてきた父は、母と一緒に村の会合に出ていて家にいない。

 よく遊んでくれていた兄や姉は、最近買ってもらったお気に入りのラジオから離れない。

 彼女の好奇心を満たすには最適な夜だ。

 

 少女はきょろきょろと周囲を見回す。

 誰もいない。自分を止めるものは誰もいない。 

 

 大人用の履き物をぱたぱたと鳴らしながら。少女は家の側面へと回りこんだ。

 やってきたのは三羽しかいない小さな鶏小屋。

 彼女の瞳が鶏小屋の格子の中に、白く輝く小さな何かを捉える。

 

「なにあれ、宝石!?」


 月明かりに照らされて輝く宝石のようなものに、少女は導かれるように近づいていく。


 彼女にとって宝石とは一つの憧れだった。

 都から村に来る貴族の馬車がよくつけているものだから。

 きらきらしていて綺麗なその石を自分の手元に置いて眺めていたいと何度思ったことか。


 大喜びで少女は近づいていく。

 普段と同じ要領で格子を開け、履き物の中に敷いた干し草が入るのも気にせず宝石を拾い上げる。

  

「きれい……」


 月に透かして眺めてみる。

 真っ白だと思っていた宝石の中で、赤いものが揺らめいている。

 少女にはそれが暖炉で揺らめく炎のように見えた。


 思わず口角が上がる。

 誰も知らない、自分だけの宝物。

 お下がりではないそれが手に入ったことに、少女は嬉しさを覚える。


 持って帰ろうと立ち上がろうとしたところで──


「え?」


 ──中でぐりんと動いた黒と目があった。


 その瞬間、少女は直感的に理解する。


 自分は見つめられているのだと。

 宝石の中にいるのは生きた動物なのだと。

 少女の背を悪寒が駆け抜ける。

 

「ひゃぁ!」


 肩を揺らした拍子に手から宝石がこぼれ落ちる。

 落ちた小石がぱきり、と音を立てた。


 ぱきり、ぱきり。

 小石に無数のヒビが入っていく。

 白くて丸い球の欠けた部分から、黒い闇が覗いていた。


 闇はみるみるうちに大きくなる。

 怖さに泣きじゃくっても、いやいやと首を振っても、その闇は大きくなり続ける。

 やがて成長を止めた巨体は人とも鳥ともつかない化け物で。

 

 少女が最後に見たのは、黒く大きな身体と中に牙の生えた鋭い嘴だった。

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