第5話 魔女と妖刀(仮)

「え?」


 声をかけられるとは考えていなかったみたいね。


 魔女が焦っていると、佐知子ちゃんがそばへやってきた。


 身長が百八十センチくらいあって、ほっそりしたスレンダーな体型。


 腰まで届く長い黒髪に、黒縁のメガネをかけて知的な顔だちをしているから、まさに学級委員長といったかんじ。


 だけどその目は鋭く、見るだけでものが切れそう。


「見かけない顔だが、ここへ何の用かな?」


 あらためて、おだやかに問いかける佐知子ちゃん。


「えーと、私、一年なんですけど、このクラスにいる槌木つちき優子さんに会いたくて……」


 見下ろされながら、魔女は何とか用件を伝えた。


 一年生の設定なんだ。


「見てのとおり、いま、ここに優子はいない。授業が始まるまでには来ると思うがな」


 言いながら佐知子ちゃんは教室内に視線を促した。


 クラスメイトの半分ほど。


 男子と女子、二十人ぐらいが、本を読んだり、スマホをいじったり、おしゃべりをしている。


 当然、その中に私はいない。


「そう、ですね。他を探してみます」


 魔女はがっかりした様子ながら、その場から離れようとした。


「待て。君のクラスと名前を教えてくれ」


「え?」


 呼び止められ、振り向くとそこには鋭い目。


「……!」


 怯えるように身体が反応する魔女。


 佐知子ちゃんの目にかかれば仕方ないわね。


「わ、私は一年A組の、ユウコ・バーガンディです」


 私と初めて会ったときに言ってた名前を答えた。


 本名ではないだろうけど。


「では生徒手帳も見せてくれ。その名から察すると外国に由来しているようだが」


「て、手帳? あ……、その、教室に置いてきちゃって……」


「ほう……」


 挙動不審になった魔女に対し、佐知子ちゃんはメガネを外した。


 直接の目はさらに迫力を増すだけじゃなく、一つの能力が解放される。


 佐知子ちゃんの瞳が紅くなって、霊体なんかを視ることができるようになるんだ。


「この学校の生徒は全員、霊体に在校生の証を刻んでいるが、君にはないな」


「……」


「そういう場合、侵入者とみなし、拘束するのが規則だ。悪く思わんでくれ」


 左手でメガネをかけながら、右手の先にある空間から刀を出す佐知子ちゃん。


 空間からといっても、ここは私が作った空間だから、あくまで私の記憶から動作を再現しているだけね。


 そして取り出したのが、妖刀・みなごろし


 黒い柄に琥珀色の刀身をしたものだけど、一番の特徴は、常に下方へ流れる赤いオーラ。


 それは血を吸うから赤くなっているとも、血であるから赤くなっているとも見て取れる。


「殺すわけではない。眠らせるだけだ」


 両手で下段に構えると、佐知子ちゃんは刀を一気に振り上げた。


 パン!


「!」


 魔女の強烈な閃光に、佐知子ちゃんはムリヤリ防御へ切り替え、後ろへ下がった。


 光を前にしてはさすがに佐知子ちゃんも顔をそむけ、離れるしかない。


 その隙に魔女は廊下へ跳び出し、その窓を破って外へ出た。


 ただ、今度は囮の分身を降下させ、本人は屋上へ飛んだ。


「あー? どこだ?」


「あ、あそこ!」


「逃げ足の速いヤローね」


 同じく窓から外へ飛び出し、地上にいる囮の分身を追いかけていく、クラスメイトたち。


 まあ、この後の展開はさっきと一緒ね。


 で、本物の魔女は──。


 屋上でへなへなと座り込んでる。


「優子のクラスメイト、とんでもないわね……」


 うん。


 じつはそうなんだ。


 佐知子ちゃんは妖刀使いで、戦国時代から続く魔物討伐を生業とする一族の末裔。


 その技量は、すでに達人の領域に入っている。


 だから本当は学校へ来なくてもいいんだけど、佐知子ちゃんの希望で通っているみたい。


 何か深い理由、想いがあるみたいだけど。


「このままじゃダメだわ」


 呟きながら考える魔女。


 すると、右手を伸ばして空間を掴むような動作をした。


「やっぱりか」


 手ごたえがないことから、右手を戻す魔女。


 魔女が空間を操作しないように、私がきちんと抑えている。


 よほど動揺することがなければ大丈夫。


「こうなると優子を見つけて直接アプローチするしかないわね。でも、顔を変えたくらいじゃ、気づかれてしまう。優子の他に学校の生徒は知らないし……。うん? 待って」


 何か気づいたようね。


 立ち上がると、魔女は両手を顔にあてた。


「ふふ、この手があるじゃない」


 あてた両手を下ろして現れたその顔は……、私?


 顔だけじゃない髪だってそう。


 完璧に私だ。


「これなら怪しまれることなく探すことができるわ」


 たしかに、在校生である私の容姿でいれば、すぐに疑われることはないだろう。


 でも、みんなの前で鉢合わせたら、どうするつもりなのかしら。


「見つけてしまえば何とでもなる。今度こそ、抱きしめてあげるわよ、優子」


 自分で自分を抱きしめるような仕草をする魔女。


 う……。


 なんか寒気を感じる……。


 魔女が私を追っていることと、自分の姿が勝手に動いているのを客観的に見ているから、よけいに気持ち悪く思うんだわ。


 時間は三十分くらいかな。


 それが過ぎれば元に戻れるけど、早く終わってほしい。


 ──決意を新たにした魔女。


 また校舎に入っていった。


 今度は真っ直ぐ私の教室へ行かず、最上階の四階から探していくつもりみたい。


 教室へも、開いてる引き戸や小窓から、自然なかたちで覗き込むようにして見ている。


 へたに入って注目されないようにってことね。


「~♪」


 なんか楽しそう。


 ……。


 ……。


 まさか……、私の姿になっているから?


「ふふ」


 う……。


 また寒気が……。

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