第30話 気持ちつないで

「全魔力っておまえ……」


 瑠羅ルラちゃんの言葉に、ほむらちゃんが言った。


 それは当然だ。


 魔力を失ったら、あらゆる結びつきが失われて死んじゃうんだから。


 人間は、物理的な肉体と、精神などを宿す霊体、意識のたましいがあって生きている。


 そしてその三つを繋ぎ合わせ、他の物体や精神に働きかける力が魔力。


 だから、その魔力が全てなくなれば、たとえ心臓が動いていても心や意思は留まることができず離れるから、動くことができない。


 精神の死だ。


 瑠羅ちゃんが造られたとしても、鉄摩テツマさんが製造魂魄せいぞうこんぱくと言っていたから、その仕組みに基づいていると思う。


 自動車のように、タンクが空になっても燃料を補給すればいいというわけじゃない。


「仕方ないでしょ。そうしなきゃ全員、死ぬんだから」


 軽いかんじで話す瑠羅ちゃんだけど、その目には決意があった。


「瑠羅、魔力が必要なら私のもあげますわ」


 伶羅レイラちゃんが右手を胸にあてながら言った。


「ありがとう、伶羅。だけど、それだけじゃないの」


 そう言うと、伶羅ちゃんの金髪から光の髪が伸びていった。


「これは?」


「強制発動させたわ。脱出にはあんたの力も使うことになる」


「え?」


「心配しないで。死にはしない。ただ、私とあんたの空間魔法をシンクロさせる必要があるのよ」


 すると、光の髪と同じ白い光が、伶羅ちゃん、ほむらちゃん、聖名夜みなよちゃん、利羅リラちゃん、狼羅ロウラちゃん、女都羅メトラさんを包んでいった。


「大砲でいったら弾ね。途中で分解しないように気をつけるのよ」


「いや、待てよ。魔力が足りねえなら俺たちだって分けてやるぜ」


「そうよ、一緒に出ましょ」


 ほむらちゃん、聖名夜ちゃんが申し出るけど、瑠羅ちゃんは首を横に振った。


「魔力だけの問題じゃないのよ。この後、この空間を維持しながら外の世界と繋いで、通路を確保し、全員を送る、連続した魔法の強度にわたしの身体がもたないの」


「!?」


「ち……」


「そんな……」


 ……。


「どのみち私は壊れるのよ。だったら、みんな助かる方がいいに決まってる。さあ、行くわよ」


 瑠羅ちゃん……、魔力の出力を高め、転移をはじめた……。


「伶羅、みんなを頼んだわ。あの大きい子とも仲良くするのよ」


「はい……」


 お姉ちゃんのような眼差しで言う瑠羅ちゃんに、伶羅ちゃんは素直に答えた。


「ほむら、聖名夜。会えてよかったわ。友達が助かるのを祈ってる」


 微笑みながら涙を流す瑠羅ちゃん。


「瑠羅!」


「瑠羅ちゃーん」


 瑠羅ちゃんを除いた、みんなの身体が強く光っていく。


 このまま光が頂点に達すれば転移される。


「くっ、優子─────────!」


 叫びながら、ほむらちゃんは瑠羅ちゃんに向かって球体を投げた。


 そして白い光は眼前を覆い、瑠羅ちゃんの姿を消していく。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ここは……。


 廃工場だ。


 最初に、ほむらちゃんと瑠羅ちゃんが出会った場所。


 あの時と違って薄暗くなっている。


 朝が近づいているんだ。


 みんなは……。


 雷羅ちゃん、利羅ちゃん、狼羅ちゃんはアスファルトの上で横になっている。


 伶羅ちゃんは座ったまま呆然としている。


 無理もない。


 気がついてから、いろいろとあり過ぎたもんね。


 光の髪もなくなってる。


 女都羅さんは彫像のように左膝をついたままの姿勢ね。


 そして、ほむらちゃんと聖名夜ちゃん。


「……」


「……」


 両手で球体を握りしめながら、正面を見据えて立っていた。


 瑠羅ちゃんに投げた球体の反応はある。


 だけど、それはまだ反応だった。


 瑠羅ちゃん……。


 死んじゃだめだよ。


 鉄摩さんに捨てられて、犠牲になって終わるなんて、そんなのないよ。


 ここに来て。


 お願い!


 私たち、友達になれるよ。


 ……。


「──力を貸してあげる」


 は……。


 いま、声がした。


 それもたくさんの声。


 聞き覚えがある。


「雪?」


「雪だわ」


 いまは七月で雪が降るなんてことないんだけど、間違いなく、空から雪が降ってきた。


 一つ一つ、静かに舞い落ちる白い小さな結晶。


 美しくもはかないもの。


 これは……、ユキちゃんと女の子たちだ!


 そして、そのなかからセーラー服の子が現れ、一緒に下りてくる。


 天に昇っていった純粋な心に抱かれて、いま一人の少女が帰ってきた。


「瑠羅!?」


「瑠羅!」


「瑠羅ちゃん!」


 駆け寄る三人。


 仰向けになって目を閉じているけど、間違いない。


 瑠羅ちゃんだ。


 見たかんじ、ケガとかもない。


 ないけど……。


「──私は看護師だから」


 ?


 香澄さん?


 て、あれ、瑠羅ちゃんの左胸に、蝶々結びをした赤いリボンがある。


 そのリボンから、とくんと小さい鼓動のようなものが瑠羅ちゃんの身体に伝わると、おでこに一粒の雪が触れた。


「……」


 ゆっくりとまぶたが開いて、蒼い瞳がこちらを見てる。


「……私」


 呟く瑠羅ちゃん。


「瑠羅……」


「るっ……」


「瑠羅ちゃん……」


 伶羅ちゃんは両手を顔にあてて号泣。


 ほむらちゃん、言葉が詰まってる。


 聖名夜ちゃん、流れる涙を拭いている。


 よかった……。


 本当に良かった……。


「──よかったわね」


「──よかった」


 ?


 ユキちゃん、香澄さん?


 あ。


 雪がんで、赤いリボンがなくなってる。


「どうやら、これに助けられたみたいね」


 起き上がりながら言う瑠羅ちゃん。


 右手から球体を出した。


 それは、ひとつのきっかけ。


 瑠羅ちゃんを助けたのは、みんなの思いだよ。


 瑠羅ちゃんに生きていてほしいから、みんなが力を貸してくれたんだ。


 ありがとう……。


 ……。


 ……。


 ?


 光を受けて、みんながそっちへ顔を向けた。


 ああ。


 朝陽だ。


 新しい一日を告げる太陽の光。


 その光が私たちを祝福するように照らした。

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