第9話 氷と忍
だとしたらこのまま近づいても、さっきみたいなことになる。
この暗闇にあって、それができるのは雷羅ちゃん本体が
それを何とかしない限り一方的に襲われる。
「mirage……」
ささやくように言うと、聖名夜ちゃんのいる壁側から反対の壁まで、
幅は一メートルくらいかな。
真っ暗な中で靄が出ても意味ないかんじだけど、この魔法の狙いは実体を
暗視装置や魔力探知なんかを使って聖名夜ちゃんを見つけても、それは幻。
攻撃の全ては空を切る。
そのまま前進して、雷羅ちゃんに近づこうというわけね。
手裏剣が木の柱に刺さったり、刀を振る音に構わず、歩みを進める。
それでも雷羅ちゃん、動じることなくその場にいる。
どこにいるのか分からないけど、間違いなく接近しているのって怖いと思うんだけど。
すぐそばにトラップとか仕掛けているのかな。
仮にあったとしても、私たちはそんなに近くまでは行かない。
魔法が確実に効くところまででいいんだ。
右の人差し指で左手に文字を書く聖名夜ちゃん。
それを雷羅ちゃんに向けた瞬間、大きな氷の箱がその周りを囲んで閉じ込めた。
表記式で音もなく魔法が発動したこともあって、成功ね。
靄は消えたけど、雷羅ちゃんを封じたから問題ない。
と言いたいところだけど、ちょっと待って。
いま閉じ込めている雷羅ちゃん、髪の毛が光ってない!
光……、上だ!
吹き抜けの二階天井付近で白い光がある。
縦に一回転すると、そのまま聖名夜ちゃん目がけて降下してきた。
それだけじゃない。
その左右から気配を感じる。
「!……」
危険を察知し、聖名夜ちゃんが魔力だけで防壁を展開するのと同時に、手裏剣が手当たり次第に飛んできた。
「くっ……」
ステッキを両手で縦に持ちながら、必死に耐える聖名夜ちゃん。
魔法ではなく、魔力を放出して無理矢理に防いでいるから消耗が激しい。
しかも手裏剣は左右の、たぶん分身からで、真ん中の本体はフリー。
さっきのパターンから考えれば刀がくる。
いまの聖名夜ちゃんではそれまで防げない。
やばい、聖名夜ちゃん!
「dragon !!」
聖名夜ちゃんが叫ぶと、身体から水の龍が飛び出した。
頭の大きさが聖名夜ちゃんの全身を超える、大口を開けたその龍は、そのまま三体の雷羅ちゃんに食らいついた。
上下からの巨牙に噛み千切られ、分身二体は消滅。
本体の雷羅ちゃんも、床へ乱暴に叩きつけられた。
役目を終えたとばかりに、水でできたその龍はパーッと飛び散り、周辺に撒かれることもなく消えていった。
「はあ……、はあ……、はあ……」
荒い息をさせながら、ガクっと左膝を落とす聖名夜ちゃん。
無理もない。
だって、ただでさえ魔力を思いっきり放出しているところへ、教室一部屋分くらいある水を、何もない空間から現わしながら龍に変えて攻撃をしたんだ。
その疲労はハンパない。
そして、ぐったりしてた雷羅ちゃんがゆっくりと起き上がった。
白い光の髪がちょっとした灯りになっているから、その様子が伺える。
大ダメージを受けたのは間違いないわね。
「さすがだな」
こちらへ向き直りながら言う雷羅ちゃん。
涼しげでクールな声。
「だが、父様のため、あなたには倒れてもらう」
刀身が短めの刀を右手に持ちながら、雷羅ちゃんは構えた。
「はあ……、はあ……、はあ……」
聖名夜ちゃんは言葉を返すこともできず、真っ直ぐに雷羅ちゃんを見るのが精一杯。
だけど、左手のステッキは腰に据えるようにしてあり、右手は右膝の上にある。
これは……。
「苦しかろう。いま、楽にしてやる!」
瞬間、
「!」
───────────────────────────。
横へ
……。
……。
……。
……。
ドサッ。
右に倒れる聖名夜ちゃん。
その後ろで、刀を振ったまま動かない雷羅ちゃん。
「ふ、ふふ……、お見事。まさか、仕込みになっているとは、な……」
呟くように言うと、雷羅ちゃんはそのまま左へ倒れた。
手にしていた刀も床を転がり、右側半分に伸びていた光の髪も消えた。
「はあぁ……、はあぁ……、はあぁ……、はあぁ……」
さらに荒い息をさせながら四つん這いになって、倒れた雷羅ちゃんを見る聖名夜ちゃん。
その右手と左手にはそれぞれステッキがあった。
なぜなら、聖名夜ちゃんのステッキは細長い剣が仕込まれていて、それを抜いたから。
防御を捨て、スピード重視で斬りかかった雷羅ちゃんだったけど、まさか居合斬りされるとは思わなかっただろう。
とはいっても聖名夜ちゃんは、雷羅ちゃんの身体を斬ったわけじゃない。
身体を流れる魔力や霊体なんかの神秘的部分を一時的に切断したんだ。
そういったものは使いすぎたり、損傷を受けると回復が優先されて意識を維持できなくなるから、それを狙ったわけね。
回復さえすれば意識は戻るけど、この感じだとしばらくの間、雷羅ちゃんが目を覚ますことはないと思う。
つまり、聖名夜ちゃんの勝利だ!
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