君は少女をみたか!

一陽吉

プロローグ

「お父さん……」


 その言葉が私に一瞬の隙をつくらせ、一筋の光が胸を貫いた。


 ピリピリと痺れた感覚が広がっていき、身体から力が抜けていく。


 麻痺の魔法……。


 立っていられない……。


 ガクッと膝が落ち、手をつく。


「やった……、やったわ!」


 ダメもとで通じるとは思わなかったんでしょう。


 前にいる魔女は歓喜の声をあげてる。


「優子!」


「優子ちゃん!」


 ほむらちゃん、聖名夜みなよちゃんが駆けてくる。


 ──七月の深夜。


 街灯と月だけが私たちを照らし、ほかに誰もいない運動公園の中。


 ここは陸上競技やサッカー、ラグビー、テニスなんかのコートがある広い場所だから、人払いの結界が無かったとしても気づかれることはない。


 そこを横断するアスファルト路の真ん中で、私たちは魔女と戦っていた。


 魔女の狙いは私、槌木優子つちきゆうこであり、私がもつ異能のチカラ。


 そのために、いろいろとちょっかいを出してくる魔女と決着をつけようとしたんだけど……。


「おーっと、二人は来ないでちょうだい」


 魔女がそう言うと、突風が発生して親友の接近を阻んだ。


「っく……」


 ほむらちゃんの声。


 瞬間的な風で足を止めている間に、魔女が私を左手に抱きかかえながら空中に浮かんでいく。


 本当なら半回転の右肘を打ち込んでから左回し蹴りで距離をはなすことができるんだけど……。


 身体が言うことを聞いてくれない。


 チカラも弱くなって、麻痺の魔法を断ち切れない。


 でも何とかしないと。


 ──香水のにおい。


 いま密着している魔女。


 見た感じは三十歳くらいの、大人のひと


 目元を隠す黒いマスクに、胸元が見える紅いスーツ姿をした魔法使い。


 高校の制服を着る私と比べると、いろいろ違いを感じる。


 でもこの魔女、名前は私と同じでユウコなのよね。


 最初に会った時に名乗ってた。

 

 紛らわしいし、魔法を使うから魔女って呼んでたけど。


 ?


 まって、同じ……。


「てめえ、優子を放せ!」


 叫ぶ、ほむらちゃん。


「残念、これから優子と楽しいことをするの」


 勝利を確信して嬉しそうに答える魔女。


 気のせいか私を抱き上げる手もいやらしい。


 離れたい。


 目も開けているのがつらい……。


 もう十メートルくらいの高さまで浮かんでる。


 ジャンプしたって届かないし、ほむらちゃんの術や聖名夜ちゃんの魔法だって溜めが必要だから魔女に対処されてしまう。


 だからといってこのまま連れ去られるのはいや


 私がやるしかない。


「……!」


 精神を集中させ、チカラを溜める。


 大丈夫……。


 弱々しいけど何とかなる。


 いくわよ。


 炎の形をした私のチカラを、全身から解き放つ!


「な……」


 思わぬ行動に魔女は驚いているわね。


 くっついている魔女も当然、それに包まれる。


 でも熱くはないでしょう?


 私の狙いは熱い炎じゃないから。


「ちょっ、優子、まさか、その力で私から魔法を──」


 そう。


 大人で私より知識のあるあなたから魔法を引き出す。


 いわばハッキング。


 私のチカラは、魔力よりも深いところにある上位のもの。


 それを応用して支配し、魔法を発動させる。


 空中にいる私。


 地上にいる、ほむらちゃん、聖名夜ちゃんの能力を考えると、方法はこれしかない。


 魔女と私の身体を凝縮し、ソフトボールくらいまで縮める。


「優子……」


 うめくように言う魔女。


 まずいわね。


 このまま意識があると魔女がこの魔法を解いてしまう。


 このまま球体になって落下したあと、二人に援護してもらいながら脱出するつもりだったけど、それができなくなってしまう。


 魔女の意識を抑えるには──。


 そうね。


 それしかない。


 この魔女と一つになった球体を分割させる!


「ほむらちゃん……、聖名夜ちゃん……。あと、よろしく」


 呟く感じでしか言えないけど、二人なら分かってくれる。


「!」


 パーンと五つに弾ける私と魔女の塊。


 そのうち二つはそれぞれ、ほむらちゃん、聖名夜ちゃんのところへ。


 残りは勢いの許す限り遠くへ飛んでいった。


「ち、優子……」


 より小さくなった私を握りしめ、呟くほむらちゃん。


「あとよろしくって、こういう事だったのね」


 聖名夜ちゃんも、同じように握りしめながら言った。


 て、あれ?


 私、意識がある。


 てっきり、魔女と一緒に意識がなくなると思っていたけど。


「ああ、追いかけなきゃならねえ」


「待っててね、優子ちゃん」


 夜空を見上げて言う二人。


 あ、うん。


 よろしくお願いします。

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