剣の王子が全てを変える

古澄典雪

出会い

 この世界では魔法が何よりも重視される。戦闘の際に多少体格や体を動かす技術で劣っていたとしても、魔法の能力が優れているならば、魔法を使うことでいかようにでも戦況をひっくり返すことができる。それは太古の昔からこの世界で通用する、一種の真理だ。

 〇

 誰にでも魔法が使える世界――この世界は、今日までそう呼ばれていた。

 どんなに才能のない者であっても、簡単な光魔法くらいは使うことができる。それは特に便利とも言えないものだが、それでも、この世界で魔法を使うことは呼吸をするのと同じくらいに自然なことだった。

 もし一部の人間にしか魔法が使えないのであれば、ここまで魔法が生活に溶け込むことはなかっただろう。しかし、この世界では誰でも魔法を使うことができる。自分で魔法という現象を体験することで、人々は魔法という存在を己の内側になじませていった。だからこそ、誰にでも魔法が使える世界。

「…………嘘だろ?」

 ――そう、今日までは言われていた。

 何度光魔法の発動動作をなぞっても、光が現れることはない。魔力を見ることはできるのに、魔力を現象に変化させることができない。

「なんで…………」

 俺には魔法を使うことができなかった。

「おい……」

「大丈夫。焦らなくていいよ」

 俺の背後にいた姉――第二王女、ラヴェルナ=フィルレインが、優しい声で言った。

「魔法の一番の難所は、最初に魔法を発動させるときだと言われているの。一週間か二週間くらい続けると、自然に魔法が発動できるようになるわ。だから、落ち着いて?」

 その声が耳を打つ。しかし俺の脳は言葉の意味を認識していなかった。

 俺はこの瞬間に、予感していた。それは深く重く、冷たい感触を背筋に走らせ、絶望となって俺の頭を巡った。

 俺は、魔法を使うことができない。

 この先ずっと。

 〇

 三週間経った。当たってほしくない予感は現実になりつつあった。もっとも、この先ずっと使えないかは死ぬまでわからないが、それが問題ではない。

「動作も…………魔力の操作もうまくいってる。なんで現象に転化しないんだろう…………」

 ラヴェルナが困惑を声ににじませて言った。そうだ。動作も魔力も、完璧なはずなのに。いつになっても魔力が現象になることはない。

「……いや、もういいよ。姉さん。俺は魔法を使えるようにならないと思う」

 俺の予感はほぼ確信に至っていた。俺は、魔法を使おうとするたびに、何か――寂しいような、大切なものを失ったような、そんな感覚を覚えるのだ。もちろん、ほかの人にはそんな感覚が訪れることはない。

「でも…何か方法があるはずだよ。だって…………魔法が使えなかったら」

「俺は王にならなくて良い。いや、王になれない。これはもう運命だよ。どうしようもない」

「セリス…………」

 姉さんの声がひどく遠く聞こえた。

 何かが俺の頭の中を巡っている。それは――声か?不明瞭で判然としないものだ。

「まだ、何か試してないことがあるかもしれない…………」

「いいって。姉さん、気にすることはないよ。大丈夫」

 俺は姉さんに背を向けて、訓練室を出た。

「……」

 握りしめた拳には、血がにじんでいた。

 〇

 剣と出会ったのは、その翌日だった。

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