44 娘の新たな一面

 トールヴァルトとヒルデが他の挨拶へと戻り、傍を離れた。


 それを見計らったように、緊張したので一度涼みに行きたいとクリスは口にした。


 真意を悟るが、突っ込むような父親ではない。黙ってクリスを見送った。扉の向こうで控えている我が家の侍女が、後は何とかしてくれるだろうと。


 今は親しき友人であり、聖騎士団団長であるオスカーと二人だけのクリフォード。


 雑談を続けようかと迷っていると、クリスと入れ替えのようにそれはやってきた。


「団長」


 マルティナだった。聖騎士団二年目の聖騎士にして、伯爵令嬢でもある。


「報告です。予定通り王の守りを他の班へと引き継ぎ、我が班は今より休憩を頂きたく思います」


「ご苦労だったな。王の傍は緊張しただろう。ゆっくりはさせれんが、休める内に休むといい」


「はい。休憩後は、そのまま城内の警備へ戻らせて頂きます」


 定例の報告。


 マルティナ以外は既に休憩に入っていた。実力はあってもマルティナは下っ端であることに変わりない。便利な存在として、こういう時は使われていた。クリスがここにいれば、そんな真面目な言葉を喋れるのかとからかったであろう光景だ。


「それじゃ、休憩いってきまーす」


 それは長くは続かなかった。


「そうだ。待て、マルティナ」


「うえ」


 報告が終わりとっとと休もうとしていたマルティナは呼び止められた。要人の前で言葉遣いを乱したことを怒られるのか、と思ったのだ。


「折角だ、彼を紹介したい」


 自分の休憩時間を奪うこの人は一体誰だという目つきで、クリフォードを見据えた。


「彼は養成校時代からの友人であり、子爵家の当主だ」


「クリフォード・フォン・ラインフェルトだ。娘がいつもお世話になっているようだね」


 親しげに手を差し出すクリフォード。


「ああ、クリスのお父様でしたか。マルティナ・フォン・ラウツェニングです。伯爵家の娘であり、今は聖騎士の立場を任されております」


 望まれるがままに手のひらを返し、拍手を交わす二人。


「こいつはうちでは二番目に若いが実力はある。ここ一年のクリスは、大体こいつと遺跡を共にしている」


「クリスから話は聞いている。いつも無理を言って、迷惑かけているようだね」


「とんでもありません。クリスにはいつも助けられております」


 クリスの父親とはいえ、相手は子爵家当主。無礼講とはいかず、マルティナは貴族としての対応を強いられた。


「いい機会だ。うちでのクリスの話を聞きたいのなら、こいつに聞くのが一番いい」


 それは休憩抜きかと言いたげなマルティナ。


「これから休憩なんだろ?」


「おまえが気にすることじゃない。マルティナ、引き止めた分はしっかり休んでいい。クリフォードにクリスの話をしてやれ」


「ええ、わたしでよろしければ喜んで」


 クリフォードの気遣いがなければ絶対休憩はなかった。彼に感謝の念を心に潜めながら、マルティナは小気味の良い笑顔で応えた。


「そうだね。なら折角だ。聞いておこうか。改めてになるが、クリスの実力はどうなんだい? 言葉は崩してくれて構わない。君らしい言葉で、君の思うクリスを正直に聞きたい」


 良い機会に恵まれた。


 クリスは心身ともに強い。譲れないことがあれば、相手に手袋を投げつけ決闘に引き込んでいた。それは耳に入っており、身勝手な我を通している訳ではないのも知っている。


 クリスのあれは人を慮る善行だ。不条理に泣くしかない者のために、その手袋をいつも投げている。


 学園では常勝無敗。プライドだけが高いからこそ、彼女を皆恐れる。男であるのならそれはなおさら。クリスのような小柄な女の子に痛めつけられ負けるのは、何よりも恐ろしい。


 ただそれは、学園内での話だ。未熟な子供たちを相手にしているだけで、そこから出ればそれは別世界だ。戦う強さを求められている者たちと比べれば、学園の決闘などおままごとだ。


 その中で顕著な実力を求められる聖騎士団。クリスはそこに日夜出入りし、遺跡を彼らと共にしている。


「もし迷惑をかけているようなら、私から窘めよう。娘の我儘で聖騎士にお守りをさせるなど、ラインフェルト家の恥だからな」


「あ、そこは問題ありません。クリスに危なっかしさはありませんから。ラインフェルト子爵は、うちでのクリスの噂は聞こえていますか?」


 クリフォードは頷いた。


 聖騎士団でのクリス。勿論知っている。


 何度も聖騎士団ルールで試合を繰り返し、聖騎士相手に勝ち越しているという話だ。面白半分で流されている噂だろうと思っている。


「あれ、大体事実です」


「本当に……事実なのか?」


 自らの友人に顔を向けるクリフォード。


「マルティナ、言葉が間違っているぞ。こういうのは、その噂は控えめだと言うんだ。クリフォード、おまえが思っている以上にクリスは強い。明日にでもウチで引き取りたいくらいだ」


 友人を気遣っている訳ではなく、オスカーはただありのままの事実を伝えている。


 それを感じ取ったクリフォード。まさか聖騎士団団長のお墨付きを貰えるとは思わなかった。


「この前なんて、肉体強化なしでゴブリンをボッコボコにして、いい汗搔いたとか言って笑ってるんですもん。うちの新しいのがビビってましたね」


 砕けた言葉で自分らしくて良い言われたからには、喜んでマルティナは従っている。


「ぼっこぼこ……かい?」


「騎士道なんてなんのその。平気で目をえぐるは首をねじ切るは。勝つためならエグいことも泥臭いことも平気でする。クリスが通った後の魔物たちは、死にぞこないながら死屍累々ですよ」


 可憐で可愛い自らの娘。


 自ら知らぬ残酷性を知り、唖然として顔を引きつらせている。


「それにクリスは魔物の頭なんて、ボールか何かにしか思っていない節があるね、あれは」


「ボール……?」


「肉体強化した状態で殴ったり蹴ったりすれば、首が飛んでくんです。ポーン、って」


 あくまでマルティナにとって日常。あまりにも軽く話している。


 ただしクリフォードにとってはやはり、受け入れがたい事実。いくら魔導学院へ入れたとはいえ、そんな方向性へ向かっていたとは思わなかった。それもボールのように魔物の頭をポンポン飛ばしているなんて。


「聖騎士団の試合では負けることはありますけど……あくまで試合は試合。相手の身体を慮らなければ、クリスの勝率はガクっと上がりますね。もし魔物を相手にするようになんでもありなら、多分団長にも勝てるんじゃないですか」


「流石にそれは言い過ぎじゃないか」


 ようやく笑える冗談を言って貰い、クリフォードは安心した。


「なあ?」


「む、むぅ」


 ただしその友人は目を合わせてくれない。唸るような声だけだ。


「オスカー?」


「まぁ、クリスのあの体術は大したものだ。懐に入られたら俺でも辛い」


「辛い? 何でもありのクリス相手に、辛いだけの言葉で終わらせるなんて流石団長。わたしは無理。勝ちとか負けとか関係なく、絶対にやりあいたくない。世界で一番怖くて戦いたくないのが誰かと問われれば、クリスだと即答します」


「確かに、そういう意味ではやり合いたくはないな。……ああ、認めよう。勝つか負けるかはともかくとして、何でもありのクリスは一番相手にしたくない」


 聖騎士団団長、オスカー・リーフマンが認めた。


 世界で一番戦いたくないのは、おまえの娘だ、と。


「あの娘の何が君たちにあそこまで思わせる」


「一口には言えないですが……あの娘の一番怖い所は、どんな時でも殺意がないことですね」


「殺意がない……? それのどこが」


 殺意がないというのは、強いには繋がらないし、怖いにも繋がらない。むしろ甘さに繋がるものだ。


 自分も剣を持ち、遺跡に入ったことがあるからこそわかる。命のやり取りで殺意がないのは、どれだけの甘さなのか。


「わたしも聖騎士。殺意をもたず魔物を相手にするのが、どれだけ甘いことなのか説いたことがあるんです。そんな甘い気持ちで一緒に来られても、こっちは迷惑だ、ってね」


 クリフォードは当然だとばかりに首を振る。


「でもそんなわたしに、笑顔でクリスはこう言ったんです。『殺すかどうかなんて、動かなくなった後に考えればいいじゃないですか』って」


 その時の顔が今でも忘れられないとばかりに、怖気が走ったかのようにマルティナは顔を歪めた。


「それでようやくわかったんです。魔物の頭を潰した時も、クリスには殺すつもりなんてない。相手が動かなくなる手段として選んでるだけで、死んでしまうのは結果論なんだって。どうやったら効率的に相手が動かなくなるか。どこを壊せば相手の足が止まって怯むか。戦っているクリスの頭の中には、それしかないんです」


 クリフォードは言葉が出ない。


「相手が人の形をしているのなら、魔王相手でも壊しても驚かないわ。なにせクリスは、破壊の神ですから」


 マルティナはまるで独り言のようにそう締めくくる。


 少し年の離れた友人のようなクリス。可愛らしいあの顔の下には、とんでもない面がそこにはある。それを一年でよく学んでいるからこそ、マルティナはクリスをそう評した。


「破壊の神……か」


 クリフォードはただ顔を引きつらせるしかない。


 自らの可愛い娘。曲がることなく真っ直ぐ育った娘。


 強気をくじき弱気を助け、家族を思う愛を大事にしている、ラインフェルト家の誇り。それはレデリック王からのお墨付きであった。


 一方、国で最も荒事に慣れている者たちが、『誰が一番怖くて戦いたくないか』と問われたらおまえの娘だと言うのだ。


 しかも勝てないからではなく、負けるのを恐れてでもない。ただその戦いについて回る結果が怖いからだと語る。


 娘の新たな一面を知った。


 果たして自分は、どんな娘を育ててしまったのだろう。


 なぜそんな風に育ってしまったのだろう。


 答えが出ぬクリフォード。


 その答えはクリスの前世まで遡らなければいけないなんて、彼の知るよしもなかった。

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