45 かくして舞台の幕は上がった

「自分は新たにまた、歳が増える日を迎えた」


 その声色は厳かでありながらも、軽やかに始まった。


「歳が増えるごとに思う。これはめでたいことなのか、と。肉体は日毎に劣化していき、思うように動かなくなっていく。若き肉体があった頃に利いた無茶が、今はできなくなっていく。


 この辛さを知る者はここに多くいよう。それを知らぬ若者たちも、これから先に実感することになるだろう。だから私は言おう!


 今日というこの日はめでたくもなんともない! 歳なんて取るものではない!」


 ハッキリとした否定。


 今日というこの日、王の生誕祭。


 皆で祝おうとやってきたこの会場で、王はハッキリと言い放った。


 戸惑うものが出た。今日初めてこの場に顔を出した者は、どう声を放てば良いものかと。


 そして同時に、今日という日に幾度もここへ足を運んだ者は、すぐに賑やしの役目に務め笑い始めた。


 クリフォードは初めてこの場に来た者。二日目の生誕祭での王は、最後まで厳かであり最後まで硬い言葉しか放たない。


 それが一日目になると、こんなにも人間性をむき出しにするのかと。クリフォードは遅れながらにして、王の思惑にハマるかのように笑ってしまった。


「最近気づいたのだ、老いていく瞬間をなぜ祝うのかと。

 今日まで生き延びた祝いか? 違う。

 生を受けた喜びを実感するためか? 違う。

 めでたくもない歳を取ってしまったことが悔しいからだ! こうして皆に祝って貰わねばやっていられん」


 かくして王はそのグラスを高々に掲げた。


「皆のもの、私の悔しさから目を逸らすためのイベントに、今日はよく来てくれた。本当に感謝する!」


 会場中もまたそれに倣う。


 王を祝う言葉の代わりに、会場中のグラスが天へと差し出された。


 満足そうにそれを見届けた王は、一口喉を潤すと、再び口を開いた。


「今日もまた、私は歳を増やしてしまった。ただそれは歳を増やせたとも言える。それはなぜかと思う?」


 会場中に問いかける。ただしそれは返ってくるのを期待していてものではない。その理由はすぐにもたらされた。


「魔王という国へ訪れた災禍。あれがどれほどのものであったのか、ここにいる若者たちには実感が無いだろう。

 日毎に消えていく、村や町。

 犠牲となっていく我が民たち。

 守らんと抗うも散っていった騎士たち。それで親しき者を失い涙するしかない者たちも沢山おったであろう。

 今はまだこうして口に出来ている物が、明日もまた手にすることができるだろうか? 安全な場所にいる我々ですら、明日への不安と恐怖を忘れた者はいなかった。ここにいる多くの者が、その時の苦しさをまだ胸に残しているだろう」


 王の言葉に吊られるように何度も頷く者たち。ただの王に倣え右にするだけの追従ではない。それは噛みしめる唇こそが、それを真のものだと語っている。


 祝い事には似合わない、暗い、暗い暗幕。


 それはすぐに王の明るい声によって払拭される。


「しかしある日、その先が見えない暗闇が取り払われた。そう。ついに魔王が討ち取られたのだ。十六年前この国は、英雄によって救われたのだ!」


 今でもその光を覚えているとばかりの顔が、会場中に広がった。


「私は今日、無駄な歳を増やしてしまった。ただこうして平和に歳を増やせたとも言える。私の夢は、この祝いの場で、英雄へと感謝を告げることだ。

 貴方のおかげで今の私がある。国の代表として、そして一人の国民としてこのような日を迎えさせてくれたことを感謝する! とな」


 肩を落とした王。


「残念ながらその夢は叶ったことはない。彼は表舞台から姿を消してしまった」


 本当に残念であるとその表情を曇らせる。


 しかしその顔は、すぐに晴れやかな物へと変わったのだ。


「だがその代わりに、かの英雄の息子が我々の前に姿を現した。レデリック王立魔導学院、主席という栄光を手に、表舞台に上がってきてくれたのだ」


 最初から筋書きが決まっていたかのように、ギルベルトはその姿を王の前に現した。


 かの王の前に片膝をつき、王の顔を見上げるのではなく、固く目をつむり次の言葉を待つ。


「ギルベルト・アーレンス。どうか長年抱いたこの夢を、君で叶えさせてくれ。

 ありがとう。君の父のおかげで今の私がいる。国の代表として、一人の国民として、このような素晴らしき日を迎えさせてくれて感謝する!」


「ありがたきお言葉。父、オスヴァルト・アーレンスの代わりに喜んで受け取らせて頂きます」


 面を上げ、ギルベルトは堂々と王の瞳を見据える。


 それは予め決められたことであり、王の親しき者が拍手を送る。その音は釣られるようにして大きくなっていく。


 盛大な幕が上がる。


 それを知らせるベルのように、ギルベルトは喝采を浴び続けた。

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