22 貴女の盾

 直線で放たれた、赤白く眩いその一撃。


 円筒状の軌跡を描くそれは炎弾というよりも、レーザーに近いものがあった。


 青白い炎守る白骨。それがどの程度の強度があるかは知らないが、とてもじゃないが鎧の役目は果たせないだろう。


 着地し見上げると、スケルトンゴーストの周囲一帯が煙に包まれている。


 派手にやりすぎたとは思わない。


 テレーシアがこの状況で、最善だと放った一撃だ。これが最善について回る結果ならば仕方ない。


「や、やりましたわね」


 声を震わせながらも宣言するテレーシア。今はその両腕は再び、ガッチリ私の首に回されている。


 短い時間ではあったが、テレーシアを守りきらなければならないプレッシャー。私までも抜いてはならない緊張の糸が途切れそうになる。


 あれほどの一撃に、まさか耐えきれる訳がないだろう。


「テレーシアさん!」


 だからこそ反応が遅れてしまった。


 煙の中から突如現れた脊椎の大剣。それが地面と平行に沿うようにして、私たちに襲いかかってきた。


 避けられない。


 せめてテレーシアに当たらないよう、とっさにその身を庇う。


「ッ……!」


「きゃっ!」


 肉体強化と保護を使っていなければ、今頃この身はひき肉にでもなっていただろう。


 その衝撃にこんな小さな体躯では逆らえるわけもなく、身体の行き着く先は壁。


 身体を捻り、テレーシアを守るようにしながら壁に叩きつけられた。


 怪我の具合は精々打撲程度か。


 痛みを堪えながらも、スケルトンゴーストへ目を移す。


 本来心臓があるべき位置から、左上腕部にかけて崩壊している。が、それは早くも回復を始めていた。


 経験の足らなさが出てしまったか。


 飛び降りている状態で放たれた一撃は、狙いがしっかりと定まっていなかったのだ。


 回復にはまだ時間がかかり、こちらにすぐ向かってくる様子はない。


 その時間を補うようにして、かの者の配下は一斉に襲いかかってくる。


 体勢を立て直し、再びテレーシアを抱え逃げる時間はない。


 テレーシアを内側に抱え込み、来たる衝撃に覚悟する。


「ミス・ラインフェルト……!」


 行動の意味をテレーシアは理解したのだろう。


 次の声をかけられるよりその前に、衝撃は私の身体を襲った。


「っ……!」


 生前はナイフ一本によりあっけなくその幕を閉じてしまった。


 死に様に学び反省しているからこそ、私は肉体保護をより重要なものと捉え、皆が使う者とは別ものにしてきた。


 剛性だけではなく、靭性を兼ね備えたこの身体は簡単には傷つかない。


 けれども大勢に囲まれ、袋叩きのような目にあっているこの状況。内側にまで響くような衝撃は、肉体が耐えこそするが辛くない訳ではない。苦痛を取り除く術式こそ完成させてはいるが、発動には時間がかかる。この状況下で発動させるのは難しい。


「何をしているのですかミス・ラインフェルト! 仕留めきれなかったのはわたくしの責任。そこまでしてわたくしを庇う義理なんて……!」


 今ここでテレーシアに背を向けたらどうなるのか。彼女自身が一番理解しているだろう。


 高慢で傲慢で驕慢であろうと、彼女には彼女なりの誇りがある。


 あれだけ私に普段から突っかかっているのだ。自らのミスにより招いた事態を、私に拭わせるのが我慢できないのだろう。


 ならば私にも言い分がある。


「いいえ、テレーシアさん。私は貴女の経験不足を補うと言ったのです。これは補いきれなかった私の責任です」


 私の役目は時間を稼ぐだけではない。


 あの瞬間、宙に浮いている状態ではなく、地面に足を付けられている状態だったなら。結果は変わっていたかもしれない。


 彼女が憂いなく実力を百パーセント発揮できるお膳立てができなかった、私の責任だ。


「それにもうお忘れですか? あの時の私の言葉を」


「あの時の言葉……?」


 思い当たらず、テレーシアからは疑問符を掲げた音が漏れ出てきた。


 ギルベルトに夢中で、聞き流していた私の言葉。


「私を貴女の盾だと思って、頼って頂けると嬉しいです――貴女はそれに、お願いしますと言ってくれたではないですか」


「あ……」


 思い出してくれたのだろう。


 今この瞬間、テレーシアがどんな顔をしているのだろうか。強く握られるこの服の感触からしかその感情は伺い知れない。


 もう回復を終えたのか、地鳴りのような足音が響いてきた。


 数刻後にはあの強大な大剣が私の身に振るわれるだろう。


「さぁ、もう一度ですよテレーシアさん。私が最後まで貴女の盾になります。だから――」


 どれだけ堪えられるかわからないが、想い人の一人くらい守りきってみせよう。


「ええ。最後まで諦めてたまるものですか!」


 テレーシアが叫んだ、その時だった。


 洞窟中に響き渡る爆発音。


 その音を出したのは私でもテレーシアでも、そしてスケルトンゴーストですらない。


「良かった」


 呆気に取られる間もなかった。


 私の身に降りかかり続けてきた衝撃は、今この瞬間終わりを告げた。


「無事と言っていいかはわからんが」


 テレーシアを抱き起こしながら、横目で振り返る。


「よく持ちこたえた。後は任せてくれ」


 雄々しい背中を見せている、英雄の息子がそこにはいた。

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