第242話 手紙

『佐藤健太郎様へ


やはり、君は見つけたね。そういう子供だと思っていたよ。失礼、そういう男だと思っていたよ。


先ず、謝罪させてくれ、すまなかった。


君を誘っておきながら、小学校で六年生をやり直せと、誘った当の本人が、真っ先に降りてしまった事を謝らせてくれ。


僕は、僕の為に君に無理を言って小学六年生をやり直してもらった。そして、君は快く誘いを受け入れて、しかも、僕の厚かましいお願いまでこなしてくれた。


こんな素晴らしい事があるだろうか?


教師として、これほどの嬉しい事は無いし、これほど光栄なことは無い。この点に関してはありがとう。


最高の思い出が出来た。


僕は、ずっと思っていたんだ、君に出来る事が有ったのではないか、もっと深く関われば、関わっていれば、君に、12歳の君が孤独に家で、お母さんを待つなんて有ってはならない事をさせなくて済んだんでは無いかと。


すまなかった。


言い訳になるが、それを知ったのは、君が15歳になって、君の勤めるお店のオーナーと街で会った時に聞いたんだ。


その時に、自分の能力の無さを恨んだよ。もっと注意深く見ていればわかった事なのに、君は、小学六年生の君は、僕が毎日宿題を届けに行った時、君が、君だけが僕と玄関先で応対していたね。その時に、君の家族の事まで僕が考えが及んでいたら……どうなっていたのだろう。


すまなかった。


君のその後の人生を違ったものにできた可能性を僕は見逃していた。

僕の怠慢だった。


でも、変な勘違いはしないでくれ、今の君を否定しているわけではないんだ。そこだけは、きっちり断っておく。僕が言いたいのは、君が歩んだ苦労のいくつかを、僕の、当時の僕が救えたのではないかという事だ。


君のお父さんの事も。

だから、探した。


君は君らしく折り合いを付けて来たが、余計な事をしてしまったかと考えてしまう。本当に、やればやったで、やらなければやらなかったで、人生とは難しいものだね。


さて、最後に、君に言わなければならないことがある。


君は、小学校五年生の夢の通り、教師になるべきだ。

僕が太鼓判を押そう。


君は向いている。


君は気付いていたか? 君の六年一組には副担任がいない事を。何故だと思う? 陽葵先生が優秀だからか? そんなはずは無いと言ったら、語弊があるが、真実でもある。彼女にはまだまだ、サポートがいる。そこで、僕は一計を案じ、違うな。はかりごとをした。君が、担任のサポートを出来るのではないか? あえて、そこに穴を開けておいた。君がそこに自然と入り込んで役目を見つけて行くのではないかとね。


そして、君はいくつもやり遂げてくれた。


所々、彼女のサポートをして、クラスのもめ事を解決に導いていると聞いている。


なんと言っても、不登校の彼女と彼女のお母さんを救った。不登校の君を学校に通わせられなかった僕なんかより遥かに凄い事をしたんだ。


どうだい? 子供を導くってのも、なかなかどうして楽しいものだと思わないか? もしも、その気になったら、僕の手を取った君のその想いのまま、夢の実現をしてみてくれ。決して、君の年齢が新しいことを始めるに遅いとは思わない。


君がこの手紙を読んでいる頃は、僕の意識はないのだろう。

人は死ぬ。

必ず死ぬ。

それが僕にとって今だったという事だ。


残念ではあるが、僕の心残りを最後に成し遂げることが出来た。

僕は僕を誇りに思う、最後にそう思えるようにしてくれたのは君だ。


あの日、僕の手を取ってくれてありがとう。

16年前に出来なかった僕は歳をとりながらも成長したんだと思ってくれ。


さあ、次は君が誰かの手助けをしてあげてくれ、それには子供なんてのはいい商売道具だよ。

なにしろ真っさらだからね、自分が、もの凄い能力があるように感じるよ、アハハハハ。


さあ、以上だ。


これで、僕は君の教師を辞めなければならなくなった。


僕の夢。

君の小学校卒業を見届けられそうにない。


残念だ。残念で仕方がない。


神様だか、仏様だか、知らないが、随分と残酷な事をしてくれたものだ。冒頭でも書いたが、先に降りてしまう僕を許して欲しい、そして、最後まで小学六年生を楽しんで卒業してほしい。僕の最後のお願いだ。叶えてくれ、頼むよ。


満島より』



………………

1月中旬……

先生は亡くなった。

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