第26話 運動会4

 午後に千絵ちゃんがPTA競技に出てきた。

借り物競争だ。

何故、彼女にそれをやらすか。


スタートラインにたった瞬間から、俺はヤバいと思った。黒のゴスロリで決めた千絵ちゃんがスタートの合図とともに走り出し、借り物のメモが書いてある紙を取り、観客席に近づくと下を向いて佇み、何かお経のように唱えている。


マズイ、あの子は極度の、異常な、標準偏差から大きく離れた人見知りなんだぞ。そのくせ、そんな、黒いミニスカゴスロリで視線を集めまくって、それだけでも、すでにレッドゾーンにいるはずなのに、全オーディエンスが千絵ちゃんに視線を集中してしまっている。


だ、ダメだ。千絵ちゃんが壊れる。念仏を唱える千絵ちゃんが小刻みに震え出したその時---、


望遠レンズ越しに千絵ちゃんの写真を撮り続けていた熱帯魚、雅さんがロープを超えて千絵ちゃんへと駆け寄り、一緒にゴールへと向かった。


後から聞いた話だが、


「雅さん、何であんとき一緒に走ったの?」 


「“帽子をかぶった人”ってレンズ越しに見えたから」


高価な望遠レンズが役にたった瞬間だった。


そして、冒頭、選抜リレーの場面だ。

未海さんが俺の前走で4位のスタートから中盤のストレートで一人かわし、最終コーナーで外から被せて2位に躍り出た。そして、俺は未海さんからバトンを受け取った。一周200m、1位との差は20m程度、大人の俺なら、この程度の差は、たやすい、すまんが、俺は大人だがクラスの代表だ。子供相手だといって手加減できるようなメンタルではない。


ご学友の声援、陽葵先生の声援、熱帯魚、ことりちゃん、人見知りゴスロリ、泰然自若なオーナー、そして、この場を与えてくれた校長先生とその他の先生の為にも、ぬるい手加減はご法度だ。


手前のコーナーで一気に前走の男の子に追いついた俺は、次のストレートで勝負を仕掛けるつもりだ。大型の俺はどうしても外への向心力で不利になる。ストレートならそのハンデはない。俺の大トルクが一気に有利に働く場面。そして、俺は周囲の歓声にこたえるべく、懸命に走る子供小学生を、俺は抜き去った。


一段と高まる歓声!。


どうだ!やってやったぞ!

俺は子供相手に本気を出して、悦に入った。

最終コーナー残り50m、熱帯魚が望遠を構えて声援を送っているのが一瞬見て取れた、ゴールでアンカーの石井君が手を上げているのも見えた、その横で大きく飛び跳ねて声援を送る未海さんも見えた。


しかし、そこまでだった。俺はカーブの外側へと膨らみ大きく横に3回転していた。

なんだ?何が起こった?俺の耳元で足音がいくつか聞こえる。


「健太郎! 立て~!」


オーナーの声が聞こえた。


しまった、俺は急ぎ立ち上がり、ゴールへと全力を出したが、アンカーの石井君にバトンが渡った時には4位になっていた。

石井君はその後、健闘し、一人抜いたものの、成績は3位となってしまった。


「みんな、ごめん。ごめんなさい」


「何言ってんの佐藤さん、凄かったよ」


「良いよ、全力出したんだから」


「むしろ頑張ったよ。佐藤さん」


みんな、よく出来た子達だ。俺を責める子供はいなかった。


終わってみれば、楽しかった運動会、いい思い出が出来た。ありがとう、クラスのみんな、ありがとう、雅さん、オーナー、千絵ちゃん、ことりちゃん。


俺は、ずっと昔に置いてきた楽しかったあの頃を、もう一度取り戻すことが出来たように思えた。


ずっとずっと昔の事だ。なぜ俺が楽しかった生活を失ってしまったのか……そろそろ、話しても良い頃合いかもしれない。

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