第22話 リリィさん
いきなり、ラスボスに出くわした。まだ、俺は街の周りで、スライムすら相手にしていないのに。
「篠塚さんは学校に来ないの?」
「リリィでいいよ。佐藤君。行く気があるのかって聞かれれば、行く気は無いと答えるまでです」
リリィさんは俺を見てニィと笑っている。
どうするか、このまま押すか……俺の時はどうだった?来いといわれて、どうだった?見ず知らずのクラスメートと名乗る謎の男に心を開くだろうか?焦る俺の心とは対称的にリリィさんは、笑顔で俺の
次の言葉を待っているようだ。
「リリィさんは毎日、ここで釣りしているの?」
間が空き過ぎてもマズイ流れになりそうだ。とりあえず、適当に会話を継いだが、
「そうね。天気がいい日は大抵。釣りして水平線を見て色々考え事をしているわ。自分について、人生について、家族について、でも、答えなんか出るものでもないのにね」
少女の笑顔をしながら吐くセリフはあまりにもギャップがありすぎて、俺の、さっさと説得して学校に連れて行っちまえと言う、浅い考えは消し飛んだ。これは、この子はヤバい、簡単じゃない。俺はこの、美少女リリィさんを小学六年生認定から外して、普段、俺の相手している癖だらけのあいつらと接するように脳のリレー回路を切り替えた。
「リリィさん、俺は君の前の出席番号でね、いつも、俺の後ろの君がいないから、気になっていたんだ。それでね、君には、まだあった事のない君に特別な気持ちがあったんだ。どんな人なのかな?どんな事が好きなのかな?まあ勝手に俺が想像していただけなんだけどね」
「そう? それで? どうだった? 実物のリリィさんは?」
「驚いた。はるかに大人で、俺の描いていたリリィさんとは全然、違っていたよ」
「そう?……よかった」
釣り竿を上下させながら、彼女は俺に会話を継いでいる。
「リリィさん、俺ね。君と同じ歳の時に学校に行かなかったんだよ。俺は、そうだな………………君とはリリィさんとは全然違くて、学校に居場所が無い様な気になってね、それで、行かなく、違うな、行けなくなったんだ」
「……そうなの?……それで?」
「それで……16年ぶりに学校に来ないかって、当時から誘われてはいたんだけど、その時は、行かなかったんだけど、その後、16年たった今年の三月に、当時の担任だった今の校長先生がわざわざ、俺を探して、誘ってくれてね。」
「うんうん!」
「色々、誘ってくれる人がいる事がどれほどありがたいかが身に染みてね。それなら、せっかくの御誘いだからって、今年から学校に通っているんだ」
「そう!……凄いね~」
「だから……」
俺はその先を言いそうになった。ちょっと待てよ、釣竿を上下して、俺の顔を見ながら楽しそうに相槌を打つ美少女に、俺は簡単に乗せられて、喋って、リリィさんを学校に連れて行こうとしている様で、その実、実際は、彼女の、笑顔と、会話の間合いでリリィさんのペースに、俺は気持ちよくさせられていただけで、何一つ、俺のペースでなんかこの会話は進んでいない事に俺は遅ればせながら、やっと気が付いた。
「だから? な~に?」
俺の顔を見てニイッっと笑って、
「佐藤君のしたい事は分かったわ。
私、所属欲が無いのよ。それに気が付いたの。だから、学校という所属先に魅力が無くなって私の時間をそこに預ける事に価値が見いだせ無くなったから、行ってないの。
もしも、そこに価値が見いだせるのなら、また、行くわ。
私は不登校を声高に正当化するつもりは全くないの、そこは勘違いしないで。良い悪いの二元論で言えば、悪い事、よね。
でもね、私の今のおかれている状態が、この状態……学校に行かない状態が一番楽なだけ。
それで、きっと、佐藤君は自分の経験から私を学校に行かせようとでもしているんでしょうけど、それは、既に価値観の違いで、そこに、私の価値観に合う何かがあるのなら、いつでも、何事も無かったようにそこに行くけど……、そうね、半年前のあの学校の続きでしかないのなら、それは、検討にすら値しないわ」
参った、リリィさんは小学六年生どころか、俺の周りの曲者すら凌駕する理論原理主義者だ。所属欲とは、どこぞの心理学者が人間の欲求のうちの大切な一つとして提唱していた考え方だ。セットで愛されている事、そして、そこにその集団に所属する事を欲する事、有体に言えば、リリィさんが親に愛されて、そして、その家庭にいたいと思う事、ここから、所属欲はスタートして行くと聞いたことがある。
そして、その逆は、全くのスタンドアロンとして生活して、社会と、コミュニティと関わらずに、それを否定する様な家庭に生まれ、徹底的にその教えを受けて行けば、そんな子供に、社会に所属する理由が見いだせない、そんな、子供になると思われ、実際、都市部での地域コミュニティの消滅が引きこもりの子供に与える影響との相関を指摘されてもいる。らしい。
ここは、一旦、戦略的撤退だ。俺の思い描く、不登校の、俺自身の経験とあまりにもかけ離れている事で、俺は、自分のシナリオの、見通しの甘さを恥じている。
しかし、それにしたって、このラスボス、俺に倒せるのか?もはや、それすら見通しが立たない。
「リリィさん、俺、これから仕事なんだよ」
「うん」
「また、リリィさんにあってお話したいんだけど連絡先、教えてもらっていい?」
「事案になるわよ。子供にそんな事すると」
ニヤリと俺を見て竿を上下しながら、俺の表情を窺っている。
「あぁ、そうだね……」
そうだよな。見た目も、中身も大人だけど、実際は小学六年生なんだよな。完全アウトだ。
「冗談。私、そんなだから携帯持ってないのよ。必要ないから……そうね、大抵、天気が良ければ、ここに来るわ。それで、いい?」
俺の心を見透かしたように彼女は微笑んで、俺に、攻め手を失った俺に助け船を出してくれた。
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