第28話 絶叫

 秋葉山から廃工場へ向かう途中、僕と神代は奴らを倒す対策を検討する。

「お父さんの能力、黒縄地獄は決して切れない丈夫な縄を武器にしてる。それを一度に三十本も出して相手を縛ることができるんだけど、さっきは多くても十数本しか出せてなかった」

「それは……日陰者になったことでお父さんの能力が弱くなったってこと?」

「ううん。日陰者は日が経つごとに成長するでしょ。たぶん、まだ日陰者として成長しきってない。そのせいで、黒縄地獄の能力を最大限に活かしきれていないんじゃないかな」

 不完全な能力……。

 なるほど。それなら縄がゆるんで僕が逃げられた理由にも納得がいく。

 しかし、神代の父親が殺されたのが今年の三月。それから一カ月以上経っているというのに、日陰者として成長しきっていないというのは本当だろうか。日陰者はたった一日で急速に成長する化物だ。一カ月もあれば生前の能力を使いこなしていてもおかしくない気がするが。



「キサラギ。お父さんは……いえ、あの日陰者は絶対に倒すよ」

 神代は震える声で宣言する。

 死んだ家族が倒すべき敵として再び現れ、それを自らの手で殺さなければいけない。

 できることなら自分が代わってあげたいくらいだ。

 しかしそれを提案したら断られた。

「家族として、元共犯者として、邪行の人間として私が殺す。それが私の役目だから……」

 真剣な表情と声で話す神代は覚悟を決めたようだった

 それなら僕も自分にできることをやるだけだ。

 冷たい風が僕たちの体からどんどん体温を奪っていく。

 それでも握り合った手だけはとても温かい。

「ジャック。そろそろ着くよ。準備はいい?」

「もちろん。キサラギこそ準備はできてる?」

 僕たちは顔を見合わせる。そして大きく息を吸って声を合わせて叫んで降下する。

「キサラギイィィィィィィィジャアァァァァッッッッッッッッッッッッック!!」

 これは僕たちなりの宣戦布告だ。

 バランスを崩さないようにしっかりと意識を集中させて盾を地面に着地させる。



 隠れていた日陰者たちが襲いかかってきた。黒いあざに反応しない新種の日陰者はやはり厄介だ。

「出ろ! 影の盾! すべてを守ってみせる!」

「来なさい! 悪喰! 残さず食べなさい!」

 黒い円盤と黒い球体がすぐそばに現れる。僕の左手と神代の右手は決して離れないようにつながれている。

 僕らはキサラギジャック。お互いに邪行の影の力を使って化物を殺す罪を共有する共犯者だから。手首の黒いあざは僕らの罪の証である。

 先ほどは暗い工場内で気づかなかったけれど、周りを囲む日陰者の多くは人間離れした姿の奴らばかりだ。角が生えている奴、鋭い刃物が付いている奴、全身に鋭い針が付いている奴、いったいどんな人間の悪玉を刺したらこんな日陰者が生まれるのか聞きたいくらいだ。

 それでも僕のやることはただ一つ。影の盾を使ってすべての攻撃を防ぐこと。速い攻撃も鋭い攻撃もどんなものでも見逃してはいけない。こちらの死角を狙ったり二体同時に攻撃してきたり頭を使って攻撃してくる奴もいる。

「守れ! 影の盾!」

 頭に角を生やした化物の攻撃を防いだ。大きな衝撃が走るが、盾には穴一つ開いていない。

 黒い影で作られた体をゆらしながら再び角で突こうと向かってくる。また、全身から刃物が生えた不気味な化物も脇からやってくるのが見えた。

 まずい。こいつらは時間差で攻撃しようとしている。

 このままではどちらか一方の攻撃を防いでいる間に、もう一方の攻撃をもろに受けてしまう。

 どうする……と悩む前に二体の姿は消えていた。

「悪喰! 残さず食べなさい!」

 頼りになる共犯者がまとめて片づけてくれたのだ。こんな時だというのに笑みがこぼれた。



 おっといけない。集中を欠いてしまったら一気に攻められてしまう。

 再び意識を盾に集中する。神代が危ない時は僕が守り、僕が危ない時は神代が攻める。キサラギジャックは攻守そろったすばらしい組み合わせだ。だから僕たちは負けない。絶対に負けない。勝ってみせる。

 僕が二体からの攻撃を受けている時、神代の悪喰は三体まとめて喰らう。

「バカか。たった二人になにを苦戦している。さっさと始末しろ」

 黒いマントを少女の姿をした化物、魔が工場内から出てきた。その隣には男が立っている。

「バカか。お前らは本物のバカか。こっちには人質がいるってことを忘れたのかよ。ふはは!」

 もはや市民を守る警察官の横田の顔はまったく見えない。それでも僕は彼から目を離さない。

 かろうじて人の形を保った日陰者たちが正面から攻撃してくる。他の奴らに比べて弱い。僕は盾で思い切り突き飛ばす。



 その時、二体の隙間から横田が黒い銃を取り出したのが見えた。すぐに盾を神代の方に動かして真っ黒な弾丸を防ぐ。

 横田は悔しそうな表情で悪態をついた。

「完全に死角だったじゃねぇか。めんどくせぇなぁ」

「よっさん……。もうやめようよ……。警察官は市民の味方じゃないの?」

「バカか。よっさんと呼ぶな! 横田さんと呼べ! お前に、俺の、なにがわかんだよ!」

 横田は激昂して地面を何度も踏みつける。

「よっさん!」

 彼はなにも言わずに工場内へ入っていった。しかし、すぐに戻ってくる。

 その顔には不気味な笑みが浮かび上がっている。しかもかたわらには黒い縄を扱う日陰者、神代の父親がいる。縄の先には騙り部と麻衣が縛られていた。

「おっと! 真木野! そこまでだぁ! こいつらがどうなってもいいのか?」

 横田は黒い銃を騙り部と麻衣に交互に向けていく

「バカか。大人の言うことには素直に従え! おもしろいものを見せてやるよ! ふはは!」

 横田は銃口を二人に向けたまま、にたにた笑って僕らに見せつける。

「やめて! もうやめてよ! お願いだから!」

「やめろ! 二人は関係ないだろ! 撃つなら僕を撃てよ!」

 僕と神代は必死に叫んで呼びかけるが、彼はまったく聞く耳を持たない。

「バカか。もう遅いんだよ。お前らはそこで見ていろ。少しでも動いたら殺すぞ」

 神代のおかげで大量の日陰者を倒すことができた。

 しかし、まだ多く残っている。今もまたどこからともなくわらわらと現れ、いつの間にか僕たちを囲んでしまった。



「たしかお前はなんでも燃やすことができる能力だったよなぁ。さっきはお前のせいで火傷しちゃったよ。どうしてくれるんだ? なあ! おい! どうしてくれんだよ!」

 横田は黒い銃を麻衣の頭に押しつけて脅している。

「おい、縄をゆるめろ」

 横田が日陰者に命じて黒い縄をゆるめさせる。縛られていた麻衣の縄がゆるんで手だけが自由になった。

「よし。今度はこいつの縄もゆるめろ。おい聞こえないのか? いいから早くやれよ!」

 横田は怒鳴り散らして命令する。

 今度は騙り部の縄もゆるめた。黒い縄を扱う日陰者、神代の父は黙ってそれに従っている。

「バカか。なにをするつもりだ」

「バカか。お前は俺の言うことに従っていればいいんだよ」

 こんな時でも魔と横田は口論している。

 この隙を狙って二人を助けられないかと思ったが、大量の日陰者に囲まれている現状では無理だと悟った。

「今からお前にはあるものを燃やしてもらう。ちゃんと燃やせたらお友達を解放してやるよ」

 横田は、自由になった麻衣の右手に古ぼけた分厚い本を持たせる。

 彼女はそれがなにかわかり、すぐに首を横に振って戻そうする。

 だが横田はそれを許さず、しっかりと持たせる。

「バカか。お前に拒否権はないんだよ。お前は、ただ、これを、燃やす。それだけだ」

 麻衣の右手に重い本が持たされる



「やめて! お願いだ! やめてくれ! ダメだ! それはダメだ! それだけはダメだ!」

 口だけ自由になった騙り部が必死に訴えかける。その顔には悲しみや焦り、不安や恐怖といった感情が表れているのがわかった。

 そこまでして必死に止めようとするのは当然だ。あれは騙り部の能力を使うための大切な本だから。

 彼女の先祖の言語朗から現在の頭領に至るまで、さまざまな化物との戦いを記した本である。あの本には騙り部一門のすべてが詰まっている。つまり、あれがなければ能力を使えなくなるのだ。

「そ、そ、その本はダメだ。う、うちの家宝なんだ。お、お願いだ。わ、私にできることなら、なんだってするから。だ、だからその本だけは……。な、なんでもするから助けてください!」

 いつもの気高く美しい騙り部の姿は、もはやどこにもなかった。声はひどく震えてたどたどしい。目から涙を鼻から鼻水をたれ流し、顔をぐちゃぐちゃにして必死に命乞いをしている。

「なんでもするから助けてください……ね。うれしいこと言ってくれるじゃないか。えぇ?」

 横田は騙り部の全身をなめまわすように眺める。

「バカか。俺が女子高生に手を出すわけないだろ。俺は警察官だぞ」

 そして黒い銃を騙り部の頭に突きつける。それから説明もなくカウントダウンを始める。

「十……九……八……七……六……五…………四…………三…………二…………一…………」

 なんだ。なにをする気なのだ。

「やめてぇー!」

「やめろぉー!」

 神代と僕は無意識のうちに叫んでいた。

 黒い銃から黒い弾丸が発射されることはなかった。

 だがその直後、この世の終わりかと思うような叫び声が轟く。

「ああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 声の主は……騙り部、古津詩だった。

 彼女は喉が裂けたかのような声で叫び続けている。

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