第7話 影の盾

 秋葉山。山といっても標高はそれほど高くない。

 秋葉市民にとっては憩いの場や遠足で行く公園として親しまれている。

 そして嘘しか言わない騙り部の化物退治伝説の舞台だ。

「まさか伝説の存在といっしょに化物退治をすることになるとは思わなかったですよ……」

「知ってる? この秋葉山は、昔から騙り部である古津家が管理を任されているんだよ」

 いやいや、そんなわけがない。

 いくら嘘しか言わない騙り部でも、バレバレの嘘にひっかかるほど甘くない。

 そう思っていたのだが、隣に立っている神代は真剣な表情でうなずいている。

「その顔は嘘だと思ってるでしょ? でも、これは本当のことなんだなぁ」

 古津詩さん、騙り部は見事に騙すことができてうれしそうに笑う。

 彼女は黒のライダースジャケットに細めのジーンズ、足元は編み上げブーツを合わせている。細身で高身長のスラッとした美しさが際立つ格好だ。

「それから『嘘つきは泥棒の始まり』ってことわざあるよね? あれ考えたの私の先祖だから」

「そうなんですか? 知らなかったです」

「ううん、嘘」

「えぇ……なんでこのタイミングでそんな嘘つくんですか……」

「ふふふ。騙してごめんね。でも、意味なんてないよ。だって私は騙り部だから」

 騙り部は、楽しそうに両腕を広げてくるくるとその場で回り始める。

 腰まで伸びた黒髪が宙を舞う。公園の街灯がスポットライトとなって女優を照らしているようだった。



 僕と神代と騙り部は、頂上に向かってゆっくりと登っていく

「そういえば私やジャックの家は帰りが遅くなることに慣れているけど、君の家は大丈夫?」

「問題ありません。うちは両親が転勤で姉も大学進学で家を出ました。だから今は一人暮らしなんです」

「そうなの? 両親が転勤でいないってライトノベルの主人公みたいだね」

「あはは……」

「キサラギのことはいいでしょ。それより早く仕事を済ませて帰ろう」

 事情を知っている神代が察してくれたのか、すぐに話を流してくれた。

 それにしても人がいない。

 この時間帯ならまだ散歩やジョギング目的でやってくる人がいるはずなのに。

 そのことを聞くと、騙り部は肩にかけた鞄からなにかを取り出す。それは、分厚い本だった。

「これは騙り部一門に伝わる奇書【三寸世界さんずんせかい)】。初代騙り部の言語朗げんごろうから現在の頭領に至るまでさまざまな化物との戦いを記した本なんだ。そしてこれが私たち騙り部の能力の源だよ。この能力のうちの一つを使い、一般人が入ってこられないようにしてるんだ。便利でしょ?」

 すごい。読んでみたい。

 けれど、装丁がボロボロでページも日焼けして色あせている。開いただけで破れてしまいそうだ。

「あれ? でも、騙り部は口頭伝承って言ってませんでしたっけ。文字記録もあるんですね」

「基本的にはそうだよ。だけど騙り部は昔から何千何万という数の化物と戦ってきたからね。すべて覚えるのは大変でしょ? だから文字や絵や写真も使って残すようにしたんだよ」

 騙り部は、ニヤニヤといたずらっ子のような笑みを見せた。



 草木ばかりの広場に出たところで神代が思い出したように口を開く。

「そうだキサラギ。ちゃんと能力の名前は決めてきた? 今日が初仕事なんだからしっかりね」

「あ、うん。でも本当に技名って言わなきゃダメ? 本当に他の人もやってるの?」

「みんなやってるよ。だって必殺技だよ? 技名は叫ぶでしょ、ふつう。業界の常識だよ?」

 普通ってなんだ。業界の常識ってなんなんだ。

「ふふふ。私も技名、というか口上を述べるよ。ご先祖様の時代からそうしてきたからね」

 騙り部が言うと嘘っぽく聞こえるけれど、本当のようにも聞こえるから判断がつかない。

「そろそろ能力を出しておこうか。化物と戦う前にお互いの能力を確認しておきたいから」

 それを聞いて神代と僕の目が合う。

 どちらからともなく手を差し出す。彼女は右手、僕は左手とここに来る前に決めておいた。互いの手を決して離れないように強く握り合う。

 それでも、やはり異性と手をつなぐのは緊張する。

 だがこれは能力を使う条件なので仕方ない。



「悪喰!」

 すぐに神代が技名を叫ぶ。

 背後に音もなくなにかが現れる。振り向けば大口を開けた黒い球体の化物、悪喰がいた。

 これで見るのは三度目。やはり怖い。

 けれど初めて見た時よりは怖くない。物言わぬその化物は、キサラギジャックの共犯者なのだから。

 しばらく僕らの周囲を飛びまわり、遠くの方へ勢いよく加速する。

 だが途中で見えない壁に阻まれたように先へ進めなくなってしまう。

 こちらから見る限り木もなにもない場所なのに……なぜだろう。

「キサラギ。覚えておいて。邪行の力は自分の影を使う。自分を中心にして半径数メートルの範囲までしか能力を使えない。私の悪喰も、あなたの盾も。だから能力を出して確認して」

 真剣な表情をした神代が言う。

 考えてみれば当然だ。技名を叫ぶことを恥ずかしがっていたら力は使えない。力を使えなければ死ぬ。自分が死ねば街が襲われる。街が襲われたら誰かが死ぬことになる。ただそれだけ。

 背筋に嫌な寒気を感じる。



「か、【影の盾】!」

 僕も腹の底から大きな声を出す。

 正直、技名は適当につけたが、一番しっくりくきた。僕自身や神代、そして街を守るための能力だから。

 目の前に黒く大きな盾が飛び出す。空に浮かぶ盾に動けと念じれば右に左に動き出す。

「影の盾……ね。そのまんまだけど、シンプルでいいんじゃない? カッコイイよ」

 神代がほめてくれた。少し照れるが、素直に喜んだ。僕は盾を空中で一回転させる。

「影の盾……?」

 騙り部は、首をかしげて盾をじっくりと見ている。

 やはり技名が変なのだろうか。彼女の反応を見たら急に不安になってきた。

「ごめんごめん。名前がおかしいというわけじゃないよ? ただ、嘘をつかれているような感覚になったから。でも、君が嘘をついているようには感じられないんだよね。どうしてかなぁ」

 騙り部は五感で嘘を判別できるという力を持つ。

 しかし、なぜこんなところで発動したのかわからない。当然、僕は嘘をついていない。

「キサラギ。いつ化物が出てくるかわからないから、今のうちに動く範囲も確認しておいて」

 神代の助言を聞いてうなずく。

 できるだけ遠くまで向かうように念じると、すぐに盾が動き出す。

 しかし悪喰よりも速く飛べないし、ほんの少し進んだと思ったらすぐに止まってしまった。

 その先へ行くように強く念じてもダメだった。悪喰はもっと先まで進めていたのに。

「キサラギは悪に手を染めたばかりだから仕方ないよ。邪行の力は能力者の精神状態や成長に応じて強くなるの。私の悪喰も昔はもっと小さかったし、飛ぶ速さもずっと遅かったんだから」

 神代は肩を落としている僕をなぐさめてくれた。

 おかげでほんの少しだけ元気を取り戻す。

 能力者の精神状態によって力が左右するというのなら、これから化物と戦おうという時に落ち込んでいるわけにはいかない。



「そういえば騙り部は能力を使わないんですか?」

 三寸世界という本の力を使って人避けをしていると聞いた。しかしそれは、数ある能力のうちの一つで他にもあるとも言っていた。

 僕は騙り部の能力がどんなものなのか、どんな戦い方をするのか、とても気になっている。

「ごめんね。今すぐには見せられないんだ。でも、そろそろ見せなければいけない時が来ると思う。その時は盾で守ってくれる?」

 神代の手に熱が帯びた。素人の僕との初仕事で不安なのかもしれない。

 だとしたら申し訳ない。僕は不安をなくすために大きな声で宣言する。

「はい。キサラギジャックがあなたを守ります。そのかわり騙り部は僕たちを守ってください。そしてみんなでこの街を、秋葉市を守りましょう。三人が手を組めばきっと大丈夫です」

 自信はないし根拠もない。それでもこの言葉は嘘ではない。



 なぜか神代の手はさらに熱くなる。

 もしかして、余計に不安にさせてしまったのかもしれない。

「ふふふ。君を共犯者に選んだのがよくわかったよ」

 騙り部のその言葉と笑みは、なんとなく誰かに似ていると思った。

「ところで、キサラギジャックは手をつないでいないと邪行の能力が使えないのかな?」

 騙り部から意外なことを聞かれる。彼女は悪手のことを知っていたから邪行の力の制約も知っているものだと思っていた。

 しかし、そのことを伝えるより先に神代が叫んだ。

「キサラギ! 盾を構えて! 騙り部は私たちの後ろに!」

 言われるまますぐに盾を動かす。騙り部もすぐに背後にまわる。

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