第29話 近づけば
私とイルディンは、至近距離で見つめ合っていた。
思わず体を動かし、声をあげてしまったことで、私が起きていることが弟に露呈してしまった。そのことで、私達はとても微妙な顔をしている。お互いに、なんとなく気まずいのだ。
「えっと……姉さんは、いつから起きていたのかな?」
「あ、その……」
そんな空気の中、イルディンは一つの質問をしてきた。
私がいつから起きていたか。それは、色々と言っていた弟にとって、かなり重要なことだろう。
嘘をつこうかと思ったが、それはやめておいた。今更、少しの嘘で、弟の悲しみが癒せるとは思えない。ここは、全て正直に打ち明けた方が、後腐れもないだろう。
「実は……イルディンが起きる少し前に起きていて、あなたが眠っているから、私も二度寝しようかなと思った時に、あなたが起きたの」
「つまり……」
「初めから全部聞いていたわ」
「そっか……」
私の言葉に、イルディンは少し落ち込んでいた。
それは、当然の反応である。私が起きていないと思って、この弟は色々と独り言を述べていた。それを聞かれていたという事実は、かなり恥ずかしいものだろう。
「……何から弁明しようか」
「弁明する必要なんて、ないと思うけど……」
「いや、弁明しなければならないと思う。僕は、姉さんに対して、色々と申し訳ないことをしたはずだから」
イルディンは、私に対して弁明を行おうとしていた。
基本的に、この弟は責任感が強い。他者がどうでもいいと思うことでも、責任を背負おうとする。
日々注意しているため、その悪癖は少し治っているはずだ。ただ、今回は完全にそれが出てしまっている。
最も、今回は普通の人でも責任を感じそうな部分はある。例えば、私の顔を見て、声をあげようとしたことは、普通に申し訳ないと思ってもおかしくはないことだ。
そういう責任を感じることは、悪いことではないだろう。だが、それ以上も背負おうとしているなら、余計なことだ。また、注意しなければならないだろう。
「まずは、姉さんにこんなに近づいたことだけど……」
「イルディン、待って。それは、あなたが責任を感じるべきことではないわ」
「え?」
「無意識の内に起こったことに、責任を覚える必要はないわ」
イルディンが最初に放とうとした言葉を、私は止めた。
その部分が、背負わなくてもいいことだったからだ。
近づいていたことは、お互いに無意識の内に起こったことである。それには、お互いにまったく非がないことだ。
「強いて言うなら、一緒に寝たいと言った私に責任があることになるわね。一緒に寝る以上、そういう事態になることは予測できたことよ。だから、あなたのせいではないわ」
「でも……」
「そもそも、あなたは勘違いしているわ。別に、私はイルディンに近づかれても、まったく嫌ではないわ」
「え?」
変に責任感が強い弟に、私はさらに近づいた。
お互いの体が、密着する程の距離である。その距離に、イルディンは少し動揺しているようだ。
「こんなに近くでも、私は平気よ。だから、気にすることではないわ」
「あ、えっ……うん」
私の言葉に、イルディンは納得してくれたようだ。
別に近づいても問題ではない。とりあえず、その前提があれば、この弟も変な責任を感じなくて済むだろう。
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