第8話 成長した弟

 私とイルディンは、ラガンデ家の屋敷に戻るために馬車に乗っていた。

 色々とあったが、無事に婚約破棄できたと思っていいはずである。

 それも全て、イルディンのおかげだ。あの威圧感がなければ、もっと話が拗れていたはずである。


「イルディン、またあなたに助けられたわね」

「あ、いや、ごめん。なんだか、僕、変に興奮してしまって……」

「大丈夫、とっても迫力があって、すごく頼りになったわ」


 イルディンは、自分の行いを少し後悔しているようだった。

 恐らく、ほぼ無意識にあのように怒ってしまったのだろう。後になって冷静になって、落ち込んでいるようだ。


「姉さんには、あまりああいう姿は見せたくなかったな。怖かったよね? ごめんね」

「え? あ、まあ、怖くなかったというと嘘になるけど、でも、次期当主として成長できているというか、すごい強くなったとか、色々と思っていたわよ」

「やっぱり、怖かったよね……」


 イルディンが落ち込んでいるのは、私を怖がらせてしまったからのようである。

 だが、次期当主なのだから、あれくらい威厳があるのは、むしろいいことだろう。

 というか、私が色々と言っているのに、一部だけ切り取って落ち込んだりしないで欲しい。褒めている部分もあるのだから、その反応は違うはずだ。


「もう、仕方ないわね……」

「ね、姉さん? 立つと危ないよ?」


 私は、立ち上がってイルディンの隣に移動した。

 そのまま、駄目な弟の体をそっと抱きしめる。


「う、あっ……」

「イルディン、怖かっただけではなくて、立派になったとも言っているのよ? それが聞こえなかったの?」

「いや、そういう訳ではないけど……」

「それなら、そんな風に落ち込まないでいいじゃない。むしろ、誇るべきことよ。成長した姿を姉さんに見せられたってね?」

「姉さん……」


 私は、イルディンにゆっくりと語りかけた。

 この弟は、何故かわからないが、時々すごく弱々しくなる。そういう態度を見せられると、姉として放っておけないのだ。

 本人からも許可をもらっているので、私は小さな頃から変わらないように弟を諭す。結局、これが私達にとっては一番いい形なのだろう。


「……そうだね。変に落ち込んでいたらいけない。僕は次期当主なのだから、あのくらいできて当然だよね?」

「ええ、当然のことよ」

「うん、もう大丈夫。僕は元気だよ、姉さん」

「それなら、安心ね」


 最後に、しっかりと抱きしめてから、私は体を離した。

 晴れやかな顔をしているので、イルディンももう大丈夫だろう。

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