第20話 荒ぶる拳 支える人

「アネットさんが医務室に連れていかれた?!」

「レムさんが付き添いに行ってます。2次予選の時に身体を無理に動かしたから闘技場コロシアムでの闘いが終わったら気絶してしまったようです」

「2次予選の相手ってそんなに強いの?」

「少なくとも僕は強いと感じましたが…でもミオンさんなら勝てる気がします」

「インビジブルナイツの中で後は私一人なのよね。やってやるわ」


(凄い闘争心だ。さっきからウォームアップしている時のジャブだけでも殺気が伝わってくるようだ…!)


 ミオンはインビジブルナイツ最後の出番ということで先程から身体を動かして温めている。筋肉が緊張しないように万全を期す態勢だ。軽く拳でジャブの連打を繰り出しているが、そこからはやる気と殺気、両方の感情を感じるテオ。

 今、ミオンさんは燃えているんだ。彼はそう思って見守っていた。

 するとそこに係員が来て彼女の出番が来たことを告げた。


「ミオン・アーヴィング選手!闘技場入り口までお越しください」

「来たわね!」

「僕はここで待っていますね。頑張ってください、ミオンさん!」

「ええ!任せて!」


 彼女は右手の親指を立てて、ポーズを決めた。それが異様に格好いい。やっぱり彼女は天性のヒロインなんだ。テオは彼女を眩しいものを見るように見つめてしまった。


(さっきから何だか落ち着かない…!早く闘いたい!早く…!この力がどこまで通用するか試したい…!)


 一回深呼吸をした。深く息を吸い力を抜くように吐く。何だか余計な気負いが無くなったような気がする。彼女は光の先の闘技場コロシアムに向けて歩きだす。

 先程から奇跡のような展開が続いている闘技場の熱気は高まるばかりだ。観客のボルテージも凄い。

 レフェリーが係員に、檻から解き放つように促すと同時に舞踏竜ぶとうりゅうベルキュロスが待ちかねたように飛び出た。

 彼女が身構える。そしてレフェリーの鬨の声と共に試合が始まった。


「試合開始!」


 舞踏竜ベルキュロスがいきなり接近戦を仕掛ける。この個体は攻撃性が強いらしい。ミオンは全く動こうとしない。ダメージ覚悟で打ち合いに持ちこむつもりだ。

 観客たちはすぐにフルボルテージになった。血が湧き肉躍る闘技場コロシアムにふさわしい戦い。攻撃的な声援が観客席から響く。


「やれー!」

「ぶっ潰したれー!」

「ひねりつぶせやーっ!」


 舞踏竜ベルキュロスと共に闘いの舞踏を披露するミオン。彼女は超接近戦には滅法強い、クロスレンジの間合いの選手だ。翼の一撃を回避する。同時に重みがある左ジャブを数発叩き込む。

 だんだんそのジャブの速さと重さが増してくる。通称マシンガンジャブ。人間に間違って使用するものなら、まずは気絶すること請け合いだろう。

 マシンガンジャブが舞踏竜ベルキュロスの頭をクリーンヒットする。気絶した!


「ここだ!」


 ミオンが腰を深く落とし下半身の踏み込みを利かせて、重い右ストレートをベルキュロスの顎を折るように叩き込んだ。鈍く重い音が響いた。


「ベルキュロスがぐらついた!」

「今だ!やれーっ!」

「死になさい!スマッシュアッパー!」


 舞踏竜ベルキュロスの頭に綺麗に入った。思い切り地面が擦れる位置からの右のアッパー攻撃。その右手はベルキュロスの頭を砕いて血まみれになった。

 だが、彼女の猛攻は始まったばかりだった。今度はサマーソルトキックを浴びせる。血まみれの頭が更に血にまみれる。とどめの追い討ちにミオンの黄金の右ストレートが炸裂した。


「さあ、次は誰!?全員、ぶっ殺してやるわ!」


 すぐさま2回戦に突入する。刃竜じんりゅうカーマレギオンが現れた。飛刃と呼ばれる鱗を逆立ちさせて威嚇する。その威嚇している所でミオンがガードを下げて”来なさいよ?”と挑発する。

 刃竜カーマレギオンが一気に飛刃を飛ばしてきた。しかし、彼女は全てを見切る。全く被弾しない。懐に潜りこむ。そして火が出るような猛攻を始めた。

 今日の彼女はマシンガンジャブのカーニバルだ。一撃ごとにそれは重くなる。いつまでたっても残るような恐怖すら刷り込むパンチ。

 すると今度は彼女が不思議なパンチを繰り出す。ジャブかと思ったらストレート。ストレートだと思ったらアッパー。まるで翻弄するような不思議なパンチを刃竜カーマレギオンの頭に殴る。

 それがよく撓る鞭のように神業のように襲い掛かる。


「何だ?あのパンチは!?」

「あれは飛燕ひえん!」

「飛燕?ツバメのことか?」

「大昔、あのパンチで飛竜を仕留めた格闘家がいる。あの子はあの伝説の格闘家のようなスタイルだ。戦い方が」

「でもあのパンチ、だんだんと殺気が鋭くなって来ていないか」

「容赦なしだぜ。刃竜がもがき苦しもうと息の根を殺さない限り、平気で人が死ぬ打撃を与え続けるぞ」


(まだまだこれからよ?お父ちゃんが教えてくれた、格闘版ツバメ返しを見せてやるわ!)


 刃竜カーマレギオンがあまりに重い拳を受けて気絶した。その場で悶えて動けないでいる。ミオンが殺気を込めて”ツバメ返し”を出した。

 

「ツバメ返し!」


 一回目の左アッパーをした後、間髪入れずにもう一度、左アッパーを繰り出した。天襲連撃てんしゅうれんげきと違うのは、こちらはカマイタチを応用したアッパー一撃。ツバメ返しは瞬速の二連撃アッパーだ。

 しかも2撃目は腰をしっかり入れた渾身のパンチ。そこらの武闘家も真っ青な攻撃だった。

 刃竜カーマレギオンがそのままミオンのパンチのみで地獄へ文字通り送られてしまった。


「うわー。もう3回戦かよ。見惚れちゃうぜ。この武闘家の闘いは」

「賭けなんてどうでもいい。最後まで見届けたい…!」

「やれ!やれ!ミオン!」

「ぶっ殺したれー!」

「いいノリだわ。そう、これこそが闘技場コロシアムよ!」


 3回戦が開始された。風牙竜ふうがりゅうサーベリオスが風に乗り颯爽と現れる。

 真紅の牙には無数の犠牲となった哀れな獲物の返り血が染み込んでいる。だが風牙竜サーベリオスが彼女の生贄になる。生贄という名前のサンドバックに。

 風牙竜が竜巻ブレスを吐く前に、強靭な足で一気に自分の間合いに飛び込むミオン。瞬発力も桁違いだ。彼女は武闘家になるべく生まれてきたような人物だった。

 風牙竜サーベリオスも極度に頭を弱点とする。そこを殴られたら平然と悶えるし、隙も露わになる。

 ミオンがまた飛燕を使いだす。まるでツバメの乱れ撃ち。しかも、両方の腕から繰り出し始める。

 リズムに乗って飛燕のワンツー。翼から引き裂くような攻撃がくればステップを踏んで回避。ヒット&アウェーをきちんとしている。

 風牙竜サーベリオスが飛燕のワンツーで気絶している。すると一気に、マシンガンジャブを繰り出した。

 観客たちが一気にボルテージを最高潮にする。そうだ。これを見たかった。血が湧き、肉が躍る、闘い。

 

「よっしゃー!かましたれーっ!!」

「そのまま押し切れ!ぶっ潰せー!!」


 風牙竜サーベリオスも翻弄されている。飛燕の攻撃は不規則なパンチの応酬。予測する前に殴り倒し、意識と生命を無情に刈り取る。

 

「これで終わりよ!スマッシュアッパー!」

「出たー!すこぶる気持ちいい、武闘家のアッパー!」

「やれーっ!」


 しかしこのスマッシュアッパーも前座だった。彼女のフィニッシュブローがここから炸裂する。

 ミオンは右の拳に生命エネルギーを込めて、闘気を拳に集中させると、深く腰を落とし、踏ん張りを利かせて、渾身のフィニッシュを放った。


「ファイナルヘブン!」


 風牙竜サーベリオスの頭にもろに直撃すると、闘気がサーベリオスの体中を駆け巡りまるで雷撃を受けたように深いショックを与える。

 内臓がその瞬間に破裂して、風牙竜の生命を根こそぎ刈り取った。観客たちから見えるのは真っ白な光だった。

 ミオンは凛々しい顔つきで、これは決まったと確信した。

 レフェリーは風牙竜サーベリオスの生存を確認する。サーベリオスは微動だにしていない。死んだのだ。


「ミオン・アーヴィング選手!2次予選突破とする!」


 一瞬、沈黙が流れ、さざ波のように歓声が沸き起こった。

 賭けのありなしを超越した彼女の戦いを心から労う観客たちがそこにいる。

 沢山の観客たちが彼女に声をかけた。


「スゲエ!スゲエよ!姉ちゃん!」

「今度は姉ちゃんに賭けされてもらうぜー!」

「また、スカッとKOしてくれよー!姉ちゃん!」


 医務室では、観客たちの歓声がここまで響いてきていた。この歓声はミオンが勝った証拠。レンドールは頷いている。側には余りのダメージで横になるアネットがいる。


「ミオンちゃん…勝ったようね…」

「あの子が負けることはあり得ないよ。必ず勝利を持ち帰ってくる。キールカーディナルにいた時でも、今でも」

「心配してなかったの?」

「ミオン君の側にはテオ君がいるじゃないか。テオ君がミオン君にとっての支えで、俺にとっては君が支え。そういうものだよ」

「情けないわね」

「どうして…?」

「支えとなる私がこんな様じゃあ……」

「だから俺がいるんじゃないか。お互いに支え合うんだ。テオ君がミオン君を支えるように、ミオン君はテオ君を知らず知らずのうちに支えている。彼女はそれをわかっているかは知らないけどな」


 レンドールは穏やかに言う。唇を微笑みにして。


「ゆっくり休んで、2次予選突破は全員した。今日は戦うことはないんだ」

「そうね……」

(今のあなたにこのまま溶けていってしまいたい)


 アネットは静かに意識を深い闇へ落としていった。心の中では、その闇から光の世界へ、レンドールが手を繋いで連れて行ってくれている夢を見ていた。

 レンドールも静かに寄り添い、そしていつまでたっても響く歓声に耳を傾けていた……。

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