肉を焼いても焼かれるな!
古臭い価値観といわれようとも俺にとって焼肉はスペシャルなのである。
熱気に揺らぐ網。もはやいつ肉を置いても支障なく焼きあがる頃合い。右手にあるビールを控えめに減らしつつ、肉の到着を待つ。
「下妻氏~タン塩が待ち遠しいですなぁ」
「そうだね!」
そう、焼き肉のトップバッターはまずタン塩。最近は塩かかってない場合も多いが、この店は違う。ちゃんととネギがのせられたスタンダードなタン塩を提供している。
本来タン塩の塩は肉質の悪さを胡麻化すためにかけられていたため近年ではあまり意味がないらしく、塩レモンではなくタレで食べる事も珍しくなくなってきたという。しかし俺は塩だ。断然塩レモンだ。焼肉のタンといったら塩レモンで間違いないのだ。だいたいこざかしい講釈を垂れながら食う肉が美味いか!? ふざけるなよグルメ気どりが! お前らに焼肉を語る資格はねぇ!
「? 下妻氏、なんか凄い顔してるけど、どうかしたの?」
「え? あぁごめん。タン塩の事考えてた」
「おいおいおいおいおい~~~~のめり込みすぎだろ下妻氏~~~~~~久々の焼肉とはいえ~~~~~~」
「いやぁ楽しみでえへへ」
俺とした事が、いかんな。焼肉は幸せな食べ物。そこにネガティブを持ち込むなど不作法もいいところであった。いいじゃないか、誰がどんな食べ方をしても。要は美味しければいいのだ。焼肉は全てが正義。そう、是も否もなく等しく焼肉なのだ。それぞれの焼肉を尊ぼう。
「お待たせいたしました~こちら、タン塩、カルビ、ロース、ハラミでございま~す」
「あ、ありがとうございます」
よ~~~~~し! ついに来たぞ肉が! 待ちに待った肉だ! タン塩を筆頭としたベーシックセット! 隙なく無駄のないオーダー! いまひとつ面白みにかけるが序盤は無難に攻めるのが定石よ! よーしそれでは……
「じゃ焼いてくね~~はい! タンタンタン! カルカルロースカルロース! ハラミは後で!」
「あぁ!」
この女! いきなり網一杯に肉をぶち込みやがった!
「え? なに? どうしたの?」
「……な、なんでもない」
「そう」
いや、冷静になろう俺。確かに焼肉はペースが大切だが、最初は空腹とテンション故に入る。ガンガンに胃に入っていく。ならばまず大いに肉を楽しみ、その後、ゆっくりと焼きを堪能すればいいじゃないか。
それを考えると、この大量投入はむしろベター。最善かもしれん。今まで俺は少量の逐次投入を流儀としてきたが、なるほどこういう作法もありだな……ありがとう彼女ちゃん! おれは学んだぜ!
「よーしいただきます!」
「いただきます~~す」
ともあれ食べよう。タンは食べ頃。カルビはあと少しでひっくり返すか……その前にロースが焦げ付きそうだな。攻略順としては、タン、ロースひっくり返し、タン、カルビひっくり返し、ロース、カルビ。うんうん。いい感じいい感じ。よーしではタンを……
「あ、ロースもういけるね。食べるね」
「えぇ!?」
「……なに?」
「あ、いや、まだ早いんじゃないかなって」
「牛だし大丈夫大丈夫!」
「そ、そうだね!」
こいつ~~~~とんだ荒くれ者の食べ方~~~~焼肉奉行ならぬ焼肉無法~~~~しかし、全部食べつくすわけでもないしいいか……というかもう彼女ちゃん分のタンがない。食べるの早いな。俺も食べよ。
「ホルモン、レバー、ハラミ、ミノでございます~す」
「あ、ありがとうございます」
「あ、臓物きた! 私臓物大好き!」
「そ、そう……」
言い方!
「じゃ、さっそく……」
!?
こいつホルモンの皿持って斜めにしてる! いきなり全部いれるつもりか!?
「ちょ、ちょっと! それはちょっと!」
「ん? なに?」
「いや! いきなり内臓系全焼きはちょっとまずいって! 焼けるのに時間かかるし網焦げちゃうし! ちょっとずつ焼いてこ!」
「……」
あ、やばい。怒ったか!?
「……それもそっか!」
よかった! 納得してくれた!
「じゃあちょっとずつ焼いてくね! 最初はまずはホルモンとレバーを……」
「あ、焼くならこっちの端側で」
「はいはい。分かってますよ。ところで下妻氏」
「はい」
「ロース、焦げてるよ?」
「あ!」
本日のQ&A
Q.焼肉の時奉行っぽい感じになってしまいます。どうしたらいいでしょうか。
A.焼肉は楽しくと心得よ。お前のルールを人に押し付けるな。
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