9.明かされた真実


「私はどうやら本当に女子中学生だったようだな……?」

「は?」

女騎士ノミホ・ディモ・ジュースノーム(20)には、身の丈に合わぬブレザーである。

それをさも完璧に着こなしている、という笑みを浮かべて、ノミホが言った。

恐るべき親戚の飲み会の罠は、

ノミホが一滴もアルコールを摂取せずに勝利したはずだった。

身体に赤い部分はなく、目も虚ろではない。

その立ち姿も、若木が天に向けて伸びるように凛としている。


絶望的だ、とヤカサは思った。

どう見たってノミホは素面にしか見えぬのである。


「なんなんだお前は……!」

「お前にはわかるまいよ!

 ふふ……体の内側から無限の活力が湧き上がってくる……!!

 これが光の力……女子中学生の力だ……!!」

「闇の力が後輩大学生で光の力が女子中学生なら、闇、ただの加齢じゃねぇか!!」

その上、19歳時点で闇の力が発露するならば、人生はほぼ全てが闇である。


「ふふふ……肌の調子も良い……!白く、すべすべとしている。

 この光の力でもう一回女子中学生をやり直すことにしよう!!

 やってみたかったんだ……読者モデルって奴をなァ!!」

「やめろ!今のお前に声がかかるとしたら、おそらくセクシーな方だぞ!!」

「セクシー系女子中学生読者モデル女騎士……ふふ、最強だな。スタアじゃん」

「くっそ!こいつを喰らいやがれぇーッ!!」


ヤカサはノミホの隣に駆け寄り、スマートフォンを構えた。

起動するのは嘔吐マッピングアプリ――ではない、カメラである。

それを自撮りモードに設定して、ノミホとヤカサを映した。


「ば、バカな、こ、これはァ!?」

パツパツのブレザーを着た、成人女性。

カメラアプリの画面に映る女はそれであった。

それは決して、小学校を卒業したばかりの少女ではない。


「だったら何だというのだ……この内側から溢れる無限の活力は!!」

「20歳は……そもそも、めちゃくちゃ元気なんだよ!!」

「なッ!だったら、この肌は!愛らしい顔は!」

「何かもかもお前の自前だ!何も変わっちゃいない!何も変わっちゃいないんだ!」

「ギッ、ギェェェェェェェェェェエ!!!!!!」


真実を告げられ、悲鳴を上げたノミホに対し、

トドメとばかりに、ヤカサはシャッターを切った。

映し出されるツーショットのヤカサとパツパツのブレザーを着た成人女性。


「お前が女子中学生だというのならば、この写真を周りに拡散しても構わんな!」

「や、やめろォ!やめろォ!私はァ!私はァァァァァァァ!!!!!」

「お前は女騎士ノミホ・ディモ・ジュースノーム(20)だァアアアア!!!!!」

「ああああああああああああああああああ!!!!!!!」


愛する者を失ったかのように、その慟哭は長く、激しく続いた。

そうだ、彼女は失ったのだ。

気づかずに失っていた幼き日の自分を。

今度は、はっきりとわかる形で。

ゲロトラップダンジョンに響き渡る慟哭は、女子中学生に対する鎮魂歌であった。


「そうだ……私は女子中学生騎士ではなく、成人女性騎士……!」

「自分を取り戻したか……女騎士!」

「心配をかけたな……ヤカサ。

 大丈夫だ、私はもう女子中学生に飲み込まれたりはしない」

「すげー字面だな」

「とーこーろーでー」

成人女性騎士ノミホ・ディモ・ジュースノームは、

睨め上げるようにして、ヤカサを見た。

本人としては上目遣いのつもりなのだろう。

だが、女騎士――感情を持たない殺戮兵器には難しいことであった。


「私が、肌の良さとか顔の良さとか言った時、否定しませんでしたねぇ?

 せーんーぱーいー、私のことちょっと好きすぎるでしょ」

「こ、こいつ!光を捨てたと思ったら闇の力を取り戻してやがる!

 悪霊退散!悪霊退散!」


急激に距離を縮めてくるノミホに対し、ヤカサは先のツーショットを見せつける。

それはまさしく、悪魔の前に十字架をかざす如くに。


「や、やめろぉ!」

「光にも闇にも偏らず人間としての力でイェーマグチを救えオラァ!!」

「わかった!わかったから、

 着替え返して写真消せ……恥ずかしくなってきたんだからな!」

「じゃあ行くぞ」


ヤカサが先陣を切り、着替えた後のノミホがそれに続いた。

その顔は、少し赤い。

だが、ここはゲロトラップダンジョン――アルコール蔓延する魔の大地。

だから、不思議なことではないのだ。そういうことにしておこう。


かくして、二人はゲロトラップダンジョンの最奥部を目指す。

苛烈なる正義が他者を害するように、光も闇も全てはバランスなのだ。

そう、それは酒とつまみのバランスに似ている。

酒ばかり呑んでいては、逆に酒に呑まれる。

しかし、つまみばかりでは、喉が渇く。

酒を呑みすぎぬように、つまみを食べるのだ。


そう、宴会の席の料理は、得てして残されがちであるが、

莫大な量の料理が廃棄される勿体なさを思えば、しっかりと食べたほうが良い。

料理を食べることなく、じゃあ締めはラーメンで、と言うのも、どうかと思う。

ならば、コースではなく、飲み放題だけを頼むのだ。

宴会の席の料理を食べるべきである、

料理人は生ゴミではなく、料理を作っているのだから。

あと、回り回って地球環境保全にも繋がると思うから。

わかったな。



「嘔吐マッピングアプリが役に立たねぇ」

「なんだと!?ゲロトラップダンジョンはWIFI完備ではなかったのか?」

「いや、WIFIは通っている……が、女騎士も★4を見てみろ」


ノミホは嘔吐マッピングアプリを起動し、★4の記録を見た。

★の数は敗北した罠を表す。

★ならば、最初の飲み放題で、★★ならば、次の大学生で。

ならば、★★★★が次の罠を表すはずだった。


「無い……誰も親戚の飲み会をクリアできなかったというのか」

「★5はあるが……まぁ、役に立たねぇ」

「つまり」

「ああ……」


この魔宮において、二人は標を失ったのだ。

待ち受けるものは如何なる悪意か、

スマートフォンの光が照らさぬ闇の中を粛々と歩く他にない。


「……ふっ」

闇の中に混じった絶望という名の怪物が二人を食い殺さんとした中、

ノミホは胸を叩き、笑ってみせた。


「問題はない……何も問題はないさ。

 女騎士ノミホ・ディモ・ジュースノームがいて、ヤカサという相棒がいる。

 ならば、どんな敵が来ても……私達の最強のコンビネーションで討滅出来る」

ノミホは握りこぶしを前に突き出した。

その女騎士の手の中にはたっぷりの自信と力が握られている。


「あぁ、そうだな」

ヤカサもそれに合わせて握りこぶしを作り、こつりとノミホと拳を合わせた。

「俺たちは結構無敵だよ」


合わせた手を開き、互いが互いの手を握った。

二つの握りこぶしが一つになる。

二つの力が一つとなってゲロトラップダンジョンの悪意に挑む。

手を繋いで、二人は進んだ。


だが、二人はまだ知らなかったのだ、ゲロトラップダンジョンの悪意を。

嘔吐をもたらすものは必ずしも酒だけではないことを。

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