8.拘束される女騎士
◆
闇に堕ちた女騎士、ノミホ・ディモ・ジュースノームであったが、
絆の力に救われ、とうとう普通の女騎士(手取り17万)への再起を果たす。
だが、次の罠の正体を知ったヤカサは無情にも「女騎士を捨てろ」と言い放った。
ヤカサの真意とは、そしてノミホの次なる就職先は一体……!
◆
「いきなり騎士を捨てろと言われても……
公務員だから失業給付は無いし、貯金だって心もとないぞ」
「捨てることに全力すぎるだろ、もうちょっと誇りを持て」
「ならば、どのレベルで捨てろというのだ。
ヤカサは一体、私にどうしろと言うのだ」
ヤカサは嘔吐マッピングアプリの画面を、
想定されるであろう第三の罠の画面をノミホに見せつけた。
毎月コツコツと横領してマイホームを買ったおじさん
★★★☆☆
大学生相手なんて説教でマウントを取れば楽勝だったが、
親戚の飲み会は流石に無理だった。
シンプルに酒量が多すぎる
ゲロトラップダンジョンの財宝で職場に金を戻すのはまた今度だ。
親の財布をパクってゲロトラップダンジョンに来たニート
★★★☆☆
親戚の飲み会、広い座敷席で自由に動き回れるタイプ。
席順なんてあってないようなものだから、
俺みたいな奴でも、入れ替わり立ち替わり、お酌してはされるを繰り返す。
全員が呑むので、俺も呑む。死ぬ。死んだ。
ゲロトラップダンジョンの財宝で親孝行をするつもりだったが、無理だった。
まぁ、親孝行をしたかったという気持ちを両親には汲んでもらいたい。
脱税のプロ
★★★☆☆
親戚のありがたい話を聞いては酒を飲んでいる。
悪い人ではないのだが、常に酒が注がれ続けるので、結果的に吐いた。
ゲロトラップダンジョンを攻略したら、
その財宝はちゃんと国に収めようと思っていたが、まぁ、しょうがない。
こんな目に遭ったのだから、
俺はもうこれを禊として、これからも脱税を続けていく。
トイレで反省している。
「わかったか、女騎士」
「
内容が頭に入ってこないのだが」
「要するに、第三の罠は親戚の飲み会ってことだ。
それも、結構広めの座敷で固定の席なんてあってない奴。
ただ、ひたすら酒を注がれ、注ぎ続ける、今日日見ないようなタイプの奴」
「……むぅ、わかるようなわからんような」
「おそらくだが、特に距離感が近く、上の方から先にお酌して来るタイプだ。
空いた側からグラスに酒が注がれ続ける、アルコール界のわんこそば。
女騎士が縦割り社会である以上、特にお前みたいな奴は断りづらいだろう」
「うちの職場は無理に呑ませようとはしないが」
「こういう酒の席の親戚のおっさんは、
お前が酒を呑める年齢になったのが嬉しくなって、にっこにこで酒を注いでくる。
無理に、とかじゃないんだ。
子どもに美味しいものを食べさせる感覚で酒を呑ませてくる」
ヤカサの言葉に、ノミホの遠い記憶が蘇った。
どう考えても食べ切れない量の料理を幼いノミホに出してくる祖母。
高校の卒業が決まり、自分で料理を作るのも難しくなって、
回転寿司で次から次と自分の前に高級皿を出してくる祖母。
女騎士ノミホ・ディモ・ジュースノームは高潔な精神の持ち主である。
悪意に対する拒絶は難しいことではない。
違法に対する拒絶も難しいことではない。
だが、善意を拒絶することは難しい。
「……大学生の時と同じというわけにはいかないか」
「狭いテーブルならば、誰かが主導権を握ることが出来る。
だが、座敷になるとそれは一つの世界だ。
決して、誰か一人の意思で動かせるものではない」
「私のスピードでグラスを持たずに先制で注いで回り続けるのでは駄目か」
「他人が酒を呑むにも限界というものがある。
そのうちに、どこからか持ってきたグラスによる返杯があるだろう。
間違いなく、まぁ、君も飲みなさいという話になる」
「……いっそ、暴力で解決したいところだが」
「大学生の時のように、おそらく効かないだろうな」
ノミホは嘆息し、剣の鞘を撫でた。
「ただただ厄介だな」
「ああ、そうだな」
「……ああ、全くわからん。任せたヤカサ。
お前ならなんとかしてくれるのだろ?」
「ああ、勿論だ」
通路の奥に賑やかなる宴の席が見える。
次なる戦いが始まろうとしていた。
◆
賑やかな宴の席であった。
数えるのが面倒になるほどの畳が敷き詰められた座敷に無数の膳。
久々に再会した親族は、酒を酌み交わし、
飽きた子どもたちはドタドタと走り回っている、その中に女騎士が一人。
「待てー!こらー!」
女子中学生の制服に身を包んだ女騎士、
いや、親戚の遊んでくれる女子中学生ノミホ・ディモ・ジュースノーム(20)である。
笑っているのか、ノミホ。
泣いているのか、ノミホ。
彼女はただ、少し前の風景を思い出している。
「無理があるだろう」
提示されたブレザーをノミホは端的に切り捨てたつもりであった。
「今、何歳だと思っているんだ」
「酒が呑める歳ってことは知っている……だが、聞け。
そもそも酒が呑まされない安全地帯に自分の身を置くこと、それが勝利条件だ。
だが、未成年……というだけでは甘い。
女子高生ぐらいなら平然と一杯ぐらいどうだい?という話になる」
「断ればいいだけだろ!」
「断れない!お前はそういう奴だ!」
「なんだとぉ!」
「ただ、まぁ親戚のおっさんの倫理観なら女子中学生以下なら、大丈夫だろう」
「そもそも、未成年に酒を呑ませる倫理観、お前の親戚だけじゃないのか?」
「そういうおっさんは全国区だ」
ヤカサは断言した。
偏見というものの真の恐ろしさは、それを持つ本人が疑いすら抱かないことである。
「だ、だが女子高生ならギリでともかく……流石に女子中学生は」
尚も抵抗しようとするノミホに、ヤカサは、熱を込めて叫んだ。
「女子中学生は女子小学生よりは無理はない!」
「女子小学生よりは無理はない……?」
「女子小学生よりは無理はない!」
「いやまぁ、確かに女子小学生よりは無理はないが」
「そして20歳ならば女子高生は余裕!」
「よ、余裕……?」
「さらに中学3年生と高校1年生は1年差」
「ちゅ、中学3年生と高校1年生は1年差……?」
「つまり女子中学生と女子高生はほぼ同じなんだよ」
「ほぼ同じ……?」
「ノミホ・ディモ・ジュースノームは女子高生!故に女子中学生!」
「私は女子中学生だった……?」
「制服がパッツンパッツンなのは成長期!行け!女子中学生!」
「女子中学生騎士ノミホ・ディモ・ジュースノーム!行くぞ!」
熱のようなものに浮かされて、ノミホは制服に着替えて座敷へと突入した。
サイズ的に無理がある制服は、まるで女騎士を捉える拘束具の有様である。
「おじさーん!来たよー!」
だが、ノミホは肉体の歪みすらかき消すかのような大声で叫ぶ。
先手必勝である、親戚のおじさんに女子中学生を叩き込んでやるのだ。
「おお、ノミホちゃん……よう来たなぁ、20歳になったおいわ……」
言葉が凍りつく。
人間の脳味噌とは、すなわち、
今まで見たことがある常識を処理することに特化した器官である。
故に、戦士はいつか来る非日常に備えて、訓練によって非常識を己に叩き込む。
なれば素人はどうだ。
このような事態をまるで想定していない素人は。
二十歳の女騎士が女子中学生になって戻ってきたことを想定していない素人は。
「……今年で中学校に入学しました!ノミホ・ディモ・ジュースノームです!」
「……そ、そっかぁ!」
圧倒的なる非現実的な現実を前に、脳は静かに閉じることを選んだ。
邪悪なる魔術師エメトによって作られた罠は、
本物の命と何ら異なることは無い、完全なる存在である。
その高精度が故に、仇となった。
宴会が終わるまでの5時間。
その時間、一度も女騎士は現れず。
ただ、女子中学生騎士が子どもたちと遊んでいるだけであった。
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