5.女騎士を襲う罠
「やめろ、女騎士。それは罠だ」
「貴方には助けてもらった礼がある……だが、私は止まらん」
女騎士ノミホ・ディモ・ジュースノームの指が、広告の画面を押す。
スマートフォンの画面が、
先程まで開いていた嘔吐マッピングからアプリストアへと移動する。
アプリの名前は「ドラゴニア・ショータイム」
ピンを引き抜く順番を間違えるとおっさんが死ぬ広告で有名なゲームである。
「いいか、女騎士。そういう広告は……ゲームとは全く関係ない。
そのアプリをインストールしても、お前の望むパズルゲームは出てこないぞ」
「……女騎士として、いや一人の人間として……私は広告を信じたい。
それに多少広告と違っても、私はパズルゲームが好きなんだ」
だから、大丈夫さ。とノミホは笑う。
戦場に挑む者はこのように笑うのだ、本当の感情を隠すかのような笑みで。
ノミホとて愚かではないのだ、横で散々に止められて聞く耳を持たぬわけではない。
しかし、それでもノミホはこのゲームを面白そうであると思ってしまった。
このような時、ノミホは進む以外の道を持たぬのだ。
「そもそも、このゲームはパズルゲームじゃねぇんだよ!!
こういうピンを引き抜くタイプの広告は、
存在しないゲームをさもあるかのように見せて、客を釣るんだ!!」
「そんなことをして何になる!
実際インストールして、広告内容と全然違ったらアプリを消されるだけだろう!
そのような嘘に何の意味がある!ゲームとはインストールが目的ではない!!
インストールして、遊んでもらうことが目的ではないのか!?」
「ゲーム会社側の都合は知らねぇよ!知らねぇけどたまにいるんだろ!
インストールしたらぜんぜん違うゲームだったけど、とりあえず遊ぶ人間が!
とにかく、やめとけ!このゲームはおそらくピンを引っこ抜かないぞ!!」
「それでも私はあの広告のおっさんを助けたい!!」
そうだとも、ノミホは心の中で吠えた。
おお、広告のおっさんよ。
ピンを引き抜く順番を間違えて、
毒薬を浴びせられたり、溶岩に落ちたり、のこぎりで粉砕されたりするおっさんよ。
愚かな選択であろうとも、一人孤独に進む道であろうとも、ノミホは行くぞ。
ノミホはアプリをインストールするのだ。
そして、広告で過剰に上がったり下がったりするIQよ。
問題をちょろっと解くだけでIQ150を記録するのは無理があると思う。
それでも、高IQ扱いされると気分が良いので、パズルゲームを頑張って解くぞ。
「っていうか仕事中じゃねぇのかよ!!」
「こういう時は私のタイミングで一時間の休憩が取れる!
今から一時間は私がおっさんを助ける時間だ!!
広告の下手くそプレイヤーに見せつけてやる!
私がおっさんを助けるところをな!!」
「女騎士ィィィィィィィ!!!!!」
「私の名前はノミホ・ディモ・ジュースノームだッ!!!!」
「ドラゴニア・ショータイム」のインストールが完了した。
ノミホの指がスマホの中に生まれた、新たなるアプリのアイコンをタップする。
戦意を煽るかのようなBGMが流れ、
微妙なディフォルメをされたキャラがドラゴンと戦うタイトル画面が表示される。
「あぁー……」
冒険者が顔を覆う、彼は止められなかったのだ。
罠とわかっていたのだ。
それでも女騎士は理ではなく意志で動くことはわかっていなかった。
「タイトル画面にあの広告のおっさんがいないな……」
「じゃあ、いねぇよ……あの広告のおっさん、多分ゲームに存在しないキャラだよ」
「いや、ゲーム進めたら出てくるから」
ノミホの頬を冷たい汗がつたった。
まだ2年目ではあるが、高校の内に幾つかの資格も取得した優秀な騎士である。
当然、初年度の間に幾戦もの死闘を経験してきた。
ゴブリンジェネラル、オークロード、魔剣を手にした山賊の長、
それら一線を越える怪物と対峙した時の緊張感がノミホに蘇った。
「プレイヤーの名前を入力して下さいか……」
「女騎士は、こういう時って本名入力するタイプか?」
「基本、キャラクターのデフォ名だな……だから、こういう時微妙に困る」
「わかるなぁ」
「知り合いは名前を入力する用の名前を用意してるらしいけど、
そもそも、普段は名前を入力する必要がないパズルゲームしかやらないからな」
「ああああ、とかでいいんじゃないか?」
「いやー、それもな……」
「じゃ、ホミノとか。名前を逆にすると微妙にフィクション名っぽくなっから」
「あー……じゃ、ホミノにするか。それにしてもお前……」
急に協力的になった冒険者に、怪しげなものを感じるノミホ。
だが、もしこれが罠であるというのならば、
そもそもこの男は大学生のコンパからノミホを助ける必要はなかったのだ。
不自然に変化した態度に内心訝しみつつも、ノミホは進む。
「まぁ、インストールしちまったもんはしょうがないからな。
それに……俺も、実は気になってたんだ」
照れくさそうに、男が言った。
伝聞でおっさんがピンを引き抜いて死ぬパズルゲームは存在しないと聞いていた。
それでも、それを自分の目で確かめてみたわけではない。
ならば、自分でプレイするほどではないけれど横から見る分には気になる。
女騎士が切り開いた道を、男も進むことを決めたのだ。
「そうか……
あ、プレイヤーの名前とは別にチームの名前も入力するのか」
「サカヤ……」
「なに?」
「折角だから、俺の名前をひっくり返した奴も使ってくれ」
「そうか、サカヤ……いや、貴方の名はヤカサか」
「ヤカサ・ノ・コスムだ。女騎士、まぁよろしく頼む」
「ああ、よろしく頼む。ヤカサ」
今、ここにゲロトラップダンジョンを攻略し、
そして、おっさんをピンを引き抜いて助けるパーティーが結成されたのだ。
「さぁ、迷宮に行そくぞ!」
画面の中で、タイトル画面の勇者らしき男が怪しげな言語で叫んでいる。
「つまり、こういうことだな……迷宮のアイコンをタップすることで、
例のピンを引っこ抜くパズルゲームが始まる、と」
「いや、待て……端っこの編成とか、ガチャとか、
なんかこうスマホRPGっぽいアイコンが気になるんだが」
「装備の内容によって、おっさんの耐久力が変化するんじゃないか?」
「イヤだろ、おっさん確定10連ガチャ」
「まぁ、とにかく今はチュートリアルのようだ。迷宮に向かおう」
「まぁ、そうだな」
迷宮のアイコンをタップした瞬間、スマートフォンの画面が暗転し、
左側に主人公の姿が、そして右側に敵らしきゴブリンが現れた。
体力の表示であるとか、そのようなものは一切ない。
「……一体、これは……あっ!」
「まぁ、予想はしていたけどな……!」
その時、自動的に主人公が敵を攻撃し始めた。
この時点で二人は操作方法がいまいちわかっていないが、特に介入の余地もない。
特にダメージも受けずに、主人公がゴブリンを殴り殺していく。
「殺った!経験値とゴール卜”だ!」
画面の中で主人公が笑う。
言語はどこまでも怪しく、ゲーム性も怪しい。
「やっぱ言ったとおりだったろ!このゲームにパズルはねぇんだよ!」
「いや、RPGだって、バトルとは別に探索要素はある。
つまり、あのピンを引っこ抜く奴は、このゲームの探索要素的な奴じゃないか?」
「…………あー」
おそらくそうではないだろう、とヤカサは思った。
だが、ノミホを否定する材料もまた、ヤカサには無いのだ。
真実かどうかを決めることが出来るのは、実際に進んだものだけである。
「行くぞ、ヤカサ。私達はただ、信じるだけだ」
「まぁ、そうだな……決めつけるにはまだ、早いよな」
迷宮に入ってからは、ひたすらに主人公が敵を殴り続けるのを見るだけだった。
操作といえば、タップでメッセージ送りをする時ぐらいである。
「お前!許さんぞ!」
「やれると思っているか!?あまいな!!死ぬ!!」
しばらく、画面を眺めていると、とうとう主人公が迷宮の最深部に辿り着いた。
そして、ボスらしき存在と主人公の会話が繰り広げられる。
ゲロトラップダンジョンは酔っ払い達の喧騒に包まれていたが、
ノミホが唾を飲み込む音はやけにはっきりと聞こえた。
このボス戦でピンを引っこ抜くのかもしれない。
あるいは、このボス戦が終わった後にピンを引っこ抜くのかもしれない。
いや、このチュートリアルが終わり、ゲームの世界が広がった時、
その時、初めてピンを引っこ抜くパズルが出来るようになるのかもしれない。
「「行くぞ」」
主人公の言葉にノミホの声が重なった。
ヤカサが無言で頷く。
画面が暗転し、ボス存在を殴り続ける主人公。
大丈夫だ、まだ問題はない。
試されるのはここからだ、どのタイミングでピンを引き抜く。
「殺ったよ!ガチャ石を30エタ!」
主人公がボスに勝利し、
ガチャに使えるであろうどこかで見たような宝石を高らかに掲げる。
まだだ、まだピンは出てこない。
「……焦るな」
ノミホの肩に手を置き、ヤカサが言った。
「ああ、そうだな……」
半分、諦めの気持ちがノミホにはあった。
やはり、ヤカサが言った通り、このゲームはピンを引き抜かないのかもしれない。
だが、その本人であるヤカサが言うのだ、まだ諦めるには早い、と。
ならば、ノミホは騎士として信じ抜くしか無い。
「ガチヤで仲間を得る!やつてみようぜ!」
「ああ」
主人公に促されるままに、ノミホはガチャを回した。
「RよりSRが、SRより、SSRが強いのはわかるが、
URとSSRとGRってどれが一番強いんだ」
「……わからねぇ、多分GRだと思うが」
「っていうか一回のガチャでハセガワの人生が出揃ったな」
「この順番で強さがわからないか?
裏切り→暗黒騎士→再起→光と闇だろ?」
「光と闇を司るハセガワが能力のバランスを崩して、
裏切って再起して、また闇に堕ちて暗黒騎士になった可能性もあるぞ」
「……まぁ、たしかにな」
「まぁ、ハセガワは良い。出てこなかったな……ピン……
もしかしたらお前の言った通り……もしかしたら、このゲームは」
ノミホが言葉を続けようとするのを、ヤカサは制した。
「ゲームを続けようぜ、序盤に出ないから、一生出ないってことはないさ」
「ああ……そうだな!」
二人はハセガワを従えて、ゲームを進めた。
ピンを引き抜くゲームどころか、おっさんすら出てこないまま、
ノミホの休憩時間は終わった。
無駄に溶けた一時間。
それはゲロトラップダンジョンを進む二人の未来を暗示するかのようであった。
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