女神の調査
「コトリちゃん、悪いな」
「水臭いで、ミサトさんもここの仲間やないか」
尾崎と写真サークルの伊吹の間に何かが起こったのはわかった。それが尾崎の伊吹への指導が原因なのもわかった。だから二人を再会させる段取りをしたのだが、尾崎の反応は意外というか予想外のものだった。
そうなのだ、ちょっとした行き違いみたいなものではなく、もっと根が深いものとしか考えられん。尾崎から聞きだそうとしたが、言葉を左右して答えてくれんのだ。それとあのままでは大学を辞めてプロになってしまいそうな勢いなのだ。
「それやったらアカンのか?」
必ずしも悪いとは言わないが尾崎は弟子ではなく教え子なのだ。弟子とは石に囓りついてもプロになりたい者だが、教え子とはプロのテクニックを教えた者に過ぎん。尾崎はプロになれるだけの技量は余裕である。しかし、それだけではプロになれるとは限らない。
プロになるには、どんな手段を使ってでも写真で食べてやろうとする覚悟が必要だ。弟子には入門前から備わっているが、尾崎には十分とは言えない。アシスタントの使い方でもわかる。アカネは言うまでもないが、マドカでさえアシスタントは最初から酷使出来た。
欲しい絵があれば、妥協とか斟酌なるものは一切存在しないのだ。その点だけでも尾崎は甘すぎる。今回のバイトでだいぶ学んでくれたが、まだ足りないと見ている。心構えに甘さが残っているようではプロの世界で挫折しかねない。
「シオリちゃんも厳しいな」
「そういう世界だからな」
尾崎に大学に居て欲しい理由は他にもある。あいつはあれだけ愛想が良くて、社交家に見えるが、自分の世界を狭くしたがっているとしか見えんのだ。写真サークルでトラブルがあったのは確かだが、あそこまでしてくれる仲間がいるのに捨て去ろうとしている。
どうしてあそこまで拒絶するのだ。尾崎に深い心の傷があるとしか思えん。これを放置すると、あいつのこれからの人生の影になる。プロとして写真を撮る上でも傷になるに違いない。それを見過ごせるものか。
「シオリちゃんが、ここまで世話焼きになるとは思わんかった」
「悪いか」
「ええこっちゃ」
さて報告書だが・・・これはキツイな。
「最後はそこまで行ったのか」
「辛かったなんてものやないやろ」
イジメに遭った話は耳にはしていたが、これは壮絶すぎる。尾崎はイジメに屈しまいと戦いに戦っている。しかし戦えば戦うほど味方が減り最後は、
「信用していた友人たちにも次々と裏切られ、そして誰も居なくなった状態になっとる。たとえて言うたら、コトリがミサキちゃんやシノブちゃんに裏切られ、最後はユッキーにまでイジメる側に回られたようなもんや」
孤立無援なんて生易しい物じゃない。絶望の果てにペシャンコに叩き潰された尾崎は小学校の五年から卒業まで引き籠りか。そうなるだろうな。それでもよく摩耶学園中に進学できたものだ。
中学時代の尾崎は絵に描いたような八方美人であったで良さそうだ。誰にも嫌われないよう、誰とも深く付き合わないように距離を置いた感じで良いだろう。これは見方を変えると自分の垣根の中に閉じこもっている事になる。ほほぅ、尾崎が南に出会ったのは中二の時か。
「二人の関係はどうだったのだ」
「さすがに、はっきりせえへん部分も多いのやが」
性格は対照的であったで良さそうだ。南は臆病で引っ込み思案のところがあったが、中二の時はなおさらで良かろう。次にクラスメートになったのが高一だが、尾崎が写真部に入る時に選んだのが南だ。わざわざ南であったのに理由がありそうだが、エレギオンHD調査部でも心の内までは無理だしな。
「写真部での尾崎は、それほどの影を感じなかったが」
「ミサトさんも余程居心地が良かったんじゃないかな」
なんとなくわかる。今でさえそうだが、エミさんや野川への信頼は半端なものではない。ハワイでも会った瞬間からチームになれたぐらいだからな。あの時は二年のブランクも懸念の一つであったが、あれこそ心の底から信じあえる者たちにしか出来ない作品だ。
「やはり次の年か」
「かなりやで」
尾崎は部長になり写真甲子園を目指したが、まず部長先生の田淵と対立している。なるほど尾崎はオフィス流をやろうとしたのか。そして反発を喰らったのだな。最後はチームとしてバラバラになったらしいのは聞いたが、
「これがその時の組み写真や」
「なんだこれは!」
自分の目を疑った。組み写真としてバラバラだったのは話の通りだが、この妖気さえ漂う写真は本当に尾崎のものなのか。一切を拒絶し、見るものを寄せ付けない峻烈すぎるものだ。
尾崎の写真は今もそうだが、可愛らしさと、楽しさが溢れているのが持ち味だ。わたしが高校で見ていた時もそうであった。それがここまでの写真を撮っていたとは。これは尾崎の心象風景そのものなのか。
尾崎の真の姿はどちらなのであろう。わたしは尾崎の本質を見誤っていたのだろうか。あの楽しげな尾崎の写真は上辺だけで、その裏にある尾崎の真の姿が見えてなかったのかも・・・いや、そんなはずはない。それが見抜けぬはずがないではないか、写真は上辺の小細工でなんとかなるものではない。
「シオリちゃん、難しく考えんでもエエんちゃうか。どっちもミサトさんやと思うで」
どちらもだと。もしそうだとすると、
「シオリちゃんが言う心の傷口が開くと、ああなるんちゃうか」
そうかもしれぬ。尾崎は小学校時代に大きな心の傷を付けられ、長い年月をかけて癒していたのだろう。それがわたしの知っている写真部の尾崎だ。これが部長時代に再び傷口が開いてしまったぐらいと見るべきだろう。
尾崎はブロック審査会終了後から、部員たちと口さえ利かなくなったで良さそうだ。なんだと、ただ優勝旗と時間を過ごしていたとなっているではないか。優勝旗を返還した尾崎は退部届を出し、部室には二度と姿を現さなかっただと・・・
「南はどうしたのだ。他の部員は誰も尾崎を助けようとはしなかったのか」
なになに、ブロック審査会の結果を見て、尾崎が目指そうとしたものがやっとわかっただと。遅いわ、遅すぎる。そのために尾崎はどれだけ苦しんだと思っているのだ。取ってつけた詫び言葉で済むものか。
「シオリちゃん、気持ちはわかるが、まだ高校生や。これぐらいの過ちは起るで」
「まあ、それはそうだが・・・」
南たちが本気で謝ろうとしたのはウソではないようだ。むしろ涙ぐましい努力をしているとして良さそうだ。これも青春かもしれぬ。青春とはやり直しが利く時代とわたしは考えている。
写真甲子園とてゴールではなく通過点であり、ここを通れなくとも人生は変わらない。変わるとするなら、そこを通ろうとする努力だ。通れなくとも糧にできる活力だ。尾崎の思いに応えられなかった事を反省するだけでも青春として良いかもしれぬ。
「そこまで尾崎は拒否したのか」
「ああそうや。一切受け付けていない」
南たちは、現役最後の儀式とも呼べる追い出し会に尾崎を呼び出すことに、すべてをかけたようだ。そのために南は連日のように尾崎の下に行き、出席を懇請したとなっている。
「ずっと待ってたそうや」
「十時までって本当なのか!」
追い出し会の開始時刻は午前十一時半からだったそうだ。昼食を挟んで名残を惜しむ感じで良かろう。それがひたすら尾崎を待ち続け、夜の十時になり解散になっているが。
「ああ、追い出し会はついに開かれなかったんや。朝まで待つって声も多かったそうやけど、家も心配するからやろ」
「コトリちゃん、尾崎は是が非でも大学に戻さないとならない。高校時代と同じように尾崎の帰りを待ちわびる仲間がいるからだ。重要なのはそれだけじゃない、そういう仲間が尾崎に居ることを知ってもらわないとならない」
尾崎は求めている。心から信じあえる仲間を。エミさんや野川が仲間になれたのは、尾崎を何の迷いもなく信頼し、尾崎のために全力を尽くしてくれたからだ。だから尾崎もそれに喜んで応え、尾崎もまた全力で尽くしたのだ。
わたしやマドカもまたそうかもしれぬ。写真と言う偏った範囲であったが、その一点で妥協も裏切りも無縁の世界であった。マドカも全力でぶつかり、尾崎もぶつかり返したのだ。
「ユッキーもそうやろな」
だが尾崎は間違っている。人を信じると言うのは許すことも含まれるのだ。人は過ちを冒す。すべてを許せとは言わんが、ある程度は許さないとならない。今の尾崎はどんな些細な過ちでさえ許せなくなっている。
「イジメの後遺症やろな」
「ああ、嫌なものだな」
これを尾崎に伝え教えるには・・・コトリちゃんに頼むのは、さすがに心苦しいものがある。コトリちゃんにはSSK事件で大きな借りがある。これさえ返していないのに、また頼るのは、
「シオリちゃん怒るで。ミサトさんはシオリちゃんの可愛い教え子、ユッキーのお気に入りで、なによりこの三十階の仲間やんか。そのミサトさんの助けを頼むのに、なんの遠慮がいるんや」
そうは言うが、
「じゃあ聞くで。シオリちゃんはミサトさんを助けるためなら、オフィス加納のすべてを投げ出す気はないんか」
「バカにするな、言われるまでもない」
「同じこっちゃ」
あははは、一本取られたな。ここは素直に頼ろう。後はタイミングだな。
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