第35話

 ようの部屋の寝台ベッドの上。寝転がるあおいの背中に自分の背中を預け、スンスンと鼻を鳴らしながら燁は言葉を続ける。

こうが……生きてて良かった……」

「……そうだな」

「オレに見つけられるかな……」

 ともえらんはるかたちの手前、できないとは言えないし、自分ならできると思っている。けれど、見つけられなかったら……という不安は、どうしても拭えない。

「……大丈夫だ。オレも一緒だから」

 背中に燁の温もりを感じながら、蒼は言う。

 燁は、蒼と二人きりになると急に弱気になることがある。他の人に心配をかけてはいけないと思っているのか、蒼にだけは心を許しているからなのか……蒼にもそれはわからない。燁自身はきっとそのことに気付いてもいないだろう。けれど蒼はそれでいいと思っている。普段の明るく元気な燁も燁だし、こんなふうに弱いところがあるのも燁だ。正直、燁が燁であるなら、蒼はそれでいい。

「二人でいて、できなかったことないだろ?」

 火群ほむらに来たばかりの頃はフォースを操る訓練を抜け出して、二人で島中を駆け回って遊んでいた。

 高い木に上って落ちそうになったことは一度や二度ではないし、実際に落ちて怪我をしたこともある。崖の上から海に飛び込んで遊んでいて、藍に大目玉を食らったこともあった。うっかりフォースを暴走させてしまって、あわや大惨事だいさんじになりかけたことも実はある。

 それでも、二人でいると楽しかったし、何でもできると思っていた。

 そして、実際何でもできた。

 争いが激しくなって、火群としての活動が活発になってからもそれは変わらなかった。燁と蒼が二人でいれば、誰にも負けることはなかった。

「……うん」

「オレたちなら、大丈夫だよ……」

 燁は、オレが守るから

 たとえ、自分が燁の隣にいられなくなったとしても、蒼の気持ちは変わらない。


 書庫の奥にある無機質な部屋の中。大きな画面に映し出された映像を見ていた巴は、気配を感じて振り返る。

「……藍か……」

 その表情は少しだけ疲れが見える。

「まだ体万全じゃないんだから無理するなよ?」

 無理をさせるなと、藍は重々べにに言い含められている。その言いつけを破るとどうなるか……恐ろしくて想像もしたくない。

「わかってる……けど……。でも、だけど……燁にだけ大変な思いはさせられない」

 そんなふうに言って巴は小さく笑む。

「……充分やってるよ、巴は。体調崩すほうが、みんなの負担になるぞ」

「……それもわかってる」

 ふーーっと大きく息を吐いた巴は、椅子の上でグーーっと体を伸ばし、目線だけを藍に向ける。

「ダメだね、僕は。みんなに心配かけてばっかりだ」

「ダメじゃない。みんな、巴を助けたいって思ってるよ」

 自分よりも一回りほど年上のはずなのに、巴が小さい子どものように見えて、藍は優しく頭を撫でる。

「藍はいい子だねぇ……僕んチの子にならない?」

 冗談めかして言う巴に、小さく「ばーか」と返して藍は続ける。

「巴の家の子になったら、苦労しそうだからやめとく」

「確かに」

 藍の返答に、クスクスと笑いながら巴も返す。

 幼い頃、自分の持つ力の大きさに途方に暮れていた藍に手を差し伸べてくれたのが巴だった。大切な人たちを傷つけてしまった自分から離したくて、逃げるように巴のところに来た。……以来十数年、巴の側にいる。

「……藍は、後悔してないかい?」

 何を……とは言わない巴に、藍は答える。「後悔はしない主義なんだ。するなら反省だな」

「藍らしいや……」

 小さく笑う巴の頭を藍は再びクシャっと撫でる。

 後悔なんてしていない。巴とともにいたから、力の扱い方も覚えることができたし、仲間たちにも会えた。そして、家族も守ることができている。他の仲間たちも、きっと後悔なんてしていない。

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