第28話
ふわり……と体が浮くような感覚を感じて、
本格的に仕事を始める前に、四隊長たちと地軍の隊員たちで楽しく夕飯を食べ、穏やかな夜を過ごして、充実感いっぱいでベッドに潜り込んだ。……はずだったのだけれども。
誰かが、夢を渡って来てる?
周囲は真っ白で、白い
一体誰が……?
少し警戒しながら様子をうかがっていると、目の前の空間がほんの少しグニャリと歪む。その歪みから姿を現したのは……
綺麗だ……
背中まで長く伸びた白い髪と宝石のような赤い瞳。白い簡素なワンピースを着た少女だった。いや、少女と言うには大人びているかもしれない。
一瞬
「君は誰?」
巴の言葉に少女は小さく首を振る。
「ごめんね……なんて言える立場じゃないんだけど……」
言葉を紡ぐ声は涼やかで、鈴の音ようだ。
「ごめんね」
なぜ?
どうして謝るのか?
聞きたいことは次々と浮かんで来るけれど、どれも言葉にならない。言葉にならない……というか、声が出ない。
喉が張り付いて、舌が固まってしまったかのように動かない。
赤い瞳が、儚く揺れる。
ドクン……と心臓が不穏に動き、感じたことのない気配を感じて
……何だ?
その気配は悪意ではないけれど、この場……彼らが
「……!」
発信源に到着すると、そこにはすでに人影が一つあった。暗闇でよく見えないけれど、地軍の三つ子の誰かのようだ。
「お前も感じたのか?」
その口調は、深緑の瞳を持つ青年・
「あぁ……」
小さく頷いて、藍は小声で返す。
妙な気配の発信源は、二人の立つ扉の向こう……巴の部屋だ。藍は、陸と目を合わせると音を立てないように静かにドアを押し開けた。
……
カーテンを閉めていない大きな窓から差し込む月の光。その中で、巴は静かに寝息を立てていた。
……なんともなさそう……?
眠る巴の顔を覗き込んだ陸は、顔の前にそっと手をかざして呼吸の状態を確認する。
……が。
問題なさそうだな……
陸は目だけで巴の状態を藍に伝えた。
……と、モゾっと小さく体を動かした巴がすっと目を開いた。金色の瞳に月明かりが差し込んで、猫科の動物を思わせるように輝く。一瞬ふわっと遠くを見たあとに、その瞳は焦点を結んで藍と陸の姿を映した。
「……あれ?二人ともどうしたの?」
巴の口調は少しぼんやりしていて、子どものように聞こえる。
「『どうしたの?』じゃねぇよ。それは、こっちのセリフだ」
口調は荒いけれど、優しい手付きで巴の肩に布団をかけながら陸は言う。
「ちょっと妙な気配がしたから、来てみたんだよ。何もなかったか?」
小さく苦笑しながら言う藍に巴は少し微笑んで返す。
「ん。大丈夫だよ。ちょっと、知らない子が夢を渡って来ただけだから」
それだよ……
二人の様子をわかっているのかいないのか、寝起きのぼんやりした口調で巴は続ける。
「知らない子……なんだけど、知ってる気がするんだよね……」
夢の中に出てきた少女は、これまでに出会ったことのない色彩を持っていた。けれど、その顔を巴は知っている気がする。どこかで見たことのある顔のような気がする。
長い白い髪と真紅の瞳。悲しげに顰められた眉と揺れる瞳。白いワンピースは、何かの実験着のようにも見えた。
「……また、会えるかな……」
巴の呟きは、月の光に溶けて消える。
一方に大きな窓が嵌め殺しの窓がある部屋に彼女はいた。
白い長い髪をシーツに広げ、赤い瞳で天井を見つめているが、その瞳には何も映っていないようだ。
窓の反対側にあるドアが静かに開き、外の光が差し込むとともに人が入ってくる気配がする。……と、少女の瞳は、フッと目蓋の裏に隠れた。その様子をみると、まるでずっとこの場で眠っていたかのようだ。あまりに静かで、少女の胸が僅かに上下する様だけが、彼女が生きていることを示していた。
「
愛しい者をみるような、甘い瞳で彼女を見つめ、部屋に入ってきた男は小さくその名を呟く。
そっと頬にかかる髪を避け、その長い髪を撫で、優しく頬に触れる。
「……今日はどこに行って来たんだい?」
彼の問い答える者はいない。
雲に隠れていた月が顔を出し、その光が彼を夜の闇から浮かび上がらせる。ハニーブラウンの瞳とプラチナブロンドの髪がキラキラと輝いた。
『ごめんね……』
煌の声は、彼には聞こえない。
煌の瞳は、彼を映さない。
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