第11話

 滑るように変わっていく窓の向こうの景色を飽きることなく見ている兄妹きょうだいは時折耳元で小さな声で話したり、外を指差したりしながら列車の旅を楽しんでいるようだった。

 らんは腕と足を組んで、静かに目を閉じている様子からどうやら眠ってしまっているようだ。ようが寝た後にナユタたちを迎えに行き、二人にベッドを提供していたようなのであまり寝ていないのかもしれない。そう思ってそっとしておいたのだけれど、そろそろ起こしたほうがいいかもしれない。車掌が車内を歩きながら、じきに目的地に着く旨を触れ回っている。それを聞いた乗客たちも荷物置きに置いていた荷物を下ろしたり下車の準備をしたりしている。

「藍、もう着くって」

 燁が軽く肩を揺らすと、藍はすぐにぱっちりと目を開いた。

「……わかった。じゃ、降りる準備しておけよ」

 そうは言うものの、燁はもちろんナユタとマナはほとんど着の身着のままだし、おそらく長旅をしているはずの藍ですら荷物はバックパック一つだ。

 ……一体どんな旅してるんだ?

 聞いてみたいところだが、ろくでもない返事が返ってきそうなのでやめておく。

「……藍はずっと旅してたんだよな?荷物少なくない?」

 燁が思っていたことをちょっとひねくれているけれど、基本的には素直な少年ナユタが藍に尋ねてくれた。

「そうか?……まぁ、宿は軍の宿舎か街の親切なお姉さんの家だから、そんなに荷物はいらないし、金もそんなに使わないからなぁ……」

 やっぱりろくでもない返事だった。

 うっかり忘れそうになるけれど、藍は世間的に見ると整った顔立ちの好青年で、女性にはとてもモテるタイプなのだ。藍はその外見を存分に利用して、この旅を続けていたようだ。

 思わず胡乱な目で藍を見てしまうが、藍は気にしていない様子でうーんと腕を伸ばして大きく体を伸ばす。

「さぁて……行くか」

 藍の声に合わせたかのように、列車は速度を落として駅の構内へと滑り込む。シュンシュンと音を立て、一度ガタンと大きく揺れるとそのまま停止した。

 同じように降りる乗客の後に続いて、列車を降りて燁は思わず声を上げた。

「……広い……」

 こんなデカイ駅初めてだ……

 駅は燁がこれまでに見たことのあるどの駅よりも大きく、たくさんの列車が出入りをしていた。列車に乗るための乗降場ホームも五本以上あり、旅客列車はもちろん貨物車や石炭車なども出入りしているようだ。ナユタとマナを燁と同じ思いだったのだろう。大きな目をさらに大きく見開いて周囲をキョロキョロと見回している。

「行くぞーー迷子になるなよーー」

 見慣れた様子なのか、藍はさほど足を止めることなくさっさと歩き始めるので、燁とナユタ、マナは慌ててその後を追った。

 いや、ホント広いよ……

 四人は、西ノ島ウエストアィルの島都西都ウエストシティの一つ手前、藍の故郷だという街……古西都アンシエントシティに降り立った。

 駅舎を出ると広がる風景は、まさに古都の名にふさわしく、昔の保税の残る町家と近代的なレンガ作りの建物とが入り乱れたものだった。

 これも……すごい……

 古西都は、古い西の都という名の通りかつて帝が政治を行っていた場所で、都として栄えていた街だ。そのため、歴史ある建物や町並み、商店などが他の地域に比べてたくさん残っている。碁盤の目状に作られた通りとその間に所狭しと並ぶ間口の狭い建物は、これまで見てきたどの街とも違った作りをしていて、見ているだけでも興味深い。間口が狭いのは、かつて間口の広さで税金が変わったからだと藍が歩きながら教えてくれた。

「その代わり、奥が深い作りになってるんだ」

 確かに。燁の暮らしていた南ノ島では、古い家は窓が大きくひさしの長い家が多かった。西ノ島に比べて日差しが強く、夏の気温が高い南ノ島の暮らしならではと言えるかもしれない。

 それもこれも生活の知恵だな……。

 市場を抜けていく途中で藍は足をとめ、後をついてくる三人に冷えた飲み物を買い与える。歩いて乾いた喉に染み渡る冷たい飲み物が心地良い。顔なじみの店なのだろうか。藍は店主の小母さんと楽しそうに話をしている。

「しばらく見なかったけど元気にしてたかい?」

「元気だよ。おばちゃんも相変わらず美人だね」

「やだよぅこの子は、おだてたってなんにもでやしないよ!」

 そう言いながら店主は、いそいそと小さい袋に金色の飴を入れてマナに手渡した。

「はい。これはお嬢ちゃんに。兄ちゃんたちにも分けてあげるんだよ」

 笑顔で言われて、マナは嬉しそうににこにこと笑んで受け取る。

「ありがとうございます。お代は……」

「ははは!」

 言いかけたナユタを遮るようにして、店主は声を出して笑う。

「良いんだよ。気にしなくて。それより、お嬢ちゃんに髪留めの一つでも買っておやりよ」

 そう言われてナユタは面食らった表情を浮かべるが、やがて口角をキュッとあげて笑みを浮かべた。

「はい!」

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