鷹と妖精の邂逅






 辰己くんに促され、俺は自分が抱えている気持ちを吐き出した。

 自分が強いなんて思ったことがない。それ故、情けなくも抱え込み過ぎていたのか、不安を吐き出す中で泣いてしまった。


 だが俺は多くの仲間に恵まれていた。

 誰一人それを笑うことや、責めるようなことはせず聞いてくれた。


 寧ろよく聞いてくれて、その中でこれからは一人で抱え込まないという条件を涼音に提案され、俺は頷いた。


 それからは各自、企画に向けて練習に励んだ。

 アクションのジャンルでスマ○ラで挑む翔太くんは祐樹くんと共に。


 パズルのジャンルでぷ○ぷ○をする鳴海ちゃんは八神さんと一緒だ。なんでも、八神さんもまたパズルゲームは得意とのことで、対戦相手には打って付けだったようだ。


 リズムゲーム、通称音ゲーを担当する旋梨ちゃんはより精度を高める為に楽屋で一人、ひたすらに練習。ただ一人だと寂しいかもしれない為、涼音を側に置いておくことに。


 企画の内容をまとめた書類は既に瀬川さんへ渡しており、宮田に届けるようお願いをした。

 一度内容の確認してもらった後に了承を得たので、恐らく大丈夫だろう。


 翔太くん、旋梨ちゃん。そして鳴海ちゃんの三人が勤しむ中、ただ一人だけ自由にしていた。


「チョコミントって本当に邪道じゃのう。確かに舌触りはスースーして旨味あるのはわかるんじゃが、せっかくのチョコが薄くなっちょるわい。それならまだ抹茶チョコの方がいいと思うんじゃが兄ちゃんはどう思う?」


 翔太くんと祐樹くんの様子を見に楽屋とは別の一室に向けて廊下を歩いていると、その後ろで抹茶チョコのアイスを食べながら付いてくる辰己くんが居た。


「掛け合わせってのは重要じゃけぇ。その者にとっては最高でも、他の者からすりゃ最悪。ゲームでもそう、プロがアマに勝つのは当然と思われていても、100%はありえん。過去にアマの読めない動きでプロが負けた事例だってあるけぇ」


「まさか、アドバイスなのか?」


「如月に鳴海、二人はまぁ実力もあるから大丈夫じゃろ。ただ赤城の兄は正直微妙じゃあ。期日もそう無い中でアクションを得意とする神崎夏目を倒すなら、曇天返しの予測不可能な立ち回りを覚えなきゃならんのぉ」


 ニヤニヤとする辰己くん。

 俺はアドバイスとも取れる彼の発言を聞きながら一室のドアをノックした。


すると中から祐樹くんの声で許可が出る。


「調子はどうだ、翔太くんーー。ッ!?」


 ドアを開けて中に入ると、そこにはソファーの上で涎を垂らしながら意気消沈している翔太くんの姿があった。


「なにがあった!?」


「あはは……それがですね……」


 テレビ画面にはでかでかと祐樹くんの使用したキャラが表示されていた。

 なんでも既に数十戦したそうだが、全て撃墜も出来ずに連敗したそうだ。


 口を開け魂が抜けている翔太くんを見て、俺は同情の余地することしかできなかった。


「見事なまでに叩きのめされちょる。かなり強いみたいじゃが、ボーダーはどれくらいなんじゃあ?」


「えっと、11,095,465ぐらい……ですかね」


「「ブフォ!!!!!」」


 俺と辰己くんは同時に吹き出した。

 なんなら辰己くんは口に含んでいた抹茶チョコを吐き出す勢いだった。


 ガチガチのガチじゃん。

 いや、ガチ過ぎて怖いよ俺は。


 言葉も出ないくらいの動揺とは正にこのことなんじゃないかと思う。


 ちなみにどれくらい凄いかというと、流行りのアニメ漫画に出てくるキャラだと始まりの呼吸の剣士ぐらい凄い。

 

 わかんない奴はググれ、ハマるぞ。


「さ、さささすがにそれは嘘じゃろ」


「動揺で声が震えてるぞ、辰己くん」


「まぁ信じられないですよね、発売日から唯一やり込んでるゲームの一つなので、あはは……」


「そんなに腕前凄いなら知名度ありそうだが、配信とかじゃどうしてるんだ?」


「えっと、サブ垢でやってます。本垢は自宅にあるので、基本的に配信とかはアスノテで配備されてるゲーム機とデータでやってます」


「エッグ……ッ」


 そりゃ翔太くんが相手になるわけない。

 というか撃墜を一回でも出来たその日には焼肉を奢ってあげられる。


 ちなみに補足として祐樹くんは諸事情により学校は不登校で、当時の心の拠り所はゲームと涼音の配信だということがわかっている。


 とはいえ、化け物すぎる。

 なんなら翔太くんだけじゃなく、辰己くんさえそんなに凄いとは思っていなかったのかぺろぺろとひたすら抹茶チョコを舐め回していた。


「辰己くん、申し訳ないが少し翔太くんのメンタルケアお願いしていいか? ちょっと祐樹くんと話したいことあるから」

 

「ワシがメンタルケア? 向いてないが、それでもいいんか?」   


「今翔太くんに必要なのはゲームから離れて休むことのようだ。ちょっと頼む」

 

「仕方ないのう、任された」


 本来なら俺の役割だが、祐樹くんと少し話したいことがあった。

 俺は辰己くんに頼み、祐樹くんを呼び出して部屋から出た。


「どうしたんですか?」

 

「いや、特に重要なことじゃないんだが、翔太くんどんな感じかなって」

 

「あぁ、なるほど。でも悪くないですよ、対戦してる時もキレたりしませんし、どちらかというと自分が上手く立ち回れなくて悔しがったりするくらいです。一つ一つ悪いところは直そうとしてて上手くなれる人のやり方なんだと思います」

 

「そうか、まぁすぐに上手くなれたら苦労しないから頑張ってとしか言えないよな。ほんとにありがとう、祐樹くん」


「いえいえ! 俺は裕也さんや妹のヒスイちゃんにも助けられてばっかりなので、こうやって役に立てるだけでも嬉しいです!」


「直接的じゃないけどな。はははっ」


 俺は別に助けたりしてあげた覚えもないし、きっと涼音も自分の配信を通して誰かを助けたなんて微塵にも思わないだろう。


 それでも本人が嫌がったりせず、純粋に手助けしてくれることは俺自身凄く助かっている。


「でも長くは居られないだろ? 祐樹くんも一人のVTuber、配信もあるだろうし」

 

「そうですね、二泊三日とは先輩や宮田さんには伝えてあります。今日含めて明日と明後日の午前までですね」  


「なにもしないよりは凄く助かるし嬉しいよ。海斗の無理あっての頼みとはいえ、本当にありがとう」

 

「そんな! 全然大丈夫ですよ、暇人なので!」


 優しい。本当に、優しすぎる。

 祐樹くんと知り合い間もないが、少し調べるだけでも彼がVTuberとしてどのようなスタイルを持っているのかがすぐにわかった。


ーー“人に寄り添うVTuber”。


 雑談配信はしっかりとコメントを拾い、拾いきれなかったコメントにもちゃんと対応する。

 ゲーム配信だと基本的にコメントを流す者が多い中で、例え場面が不利になろうと決してコメントを拾い、盛り上げる。


 彼の分身となる“鷹飛ユウキ”はトゥイッターで検索すると好評のコメントが多い。

 アンチも少なからず居るが、それを埋め尽くすぐらいの評価だった。


 一方で調べていくと、祐樹くんのアバターは涼音が手掛けたものであると同時に、その事実は既に知れ渡っているそうで涼音のチャンネル登録が激増したのには繋がりが生まれる。


 どちらにせよ祐樹くんと涼音、互いが互いの影響があって成長していると思うと、どこか感極まりない部分があった。


「勿体無いな」


「えっ?」


「憧れの対象である涼音と会わないなんて、勿体無いなと。一人前のVTuberになってから会いたいと言っていたが、もう十分なくらい頑張ってるだろうし、それ含めて勿体無いなと思う」


「あははっ、此処に来る以前から何度かメッセージのやり取りはしたことあるんです。それに、配信にも遊びに来てもらったりもして……。ただ会うにしても、緊張があって……」


 照れ臭そうに、そして不安そうに。

 顔を合わせたことが無い分、リアルを見せて幻滅されたりしたらと考えてしまっているそうだ。


 そんなことない、それが俺の意見だった。

 度の過ぎる憧れは危ないと言うが、彼の抱く憧れは純粋で真っ直ぐ、綺麗だ。


 だからこそ安心ができる。

 そして、信じることができる。


「涼音も企業勢としてV活動を始めて早くも数週間。祐樹くんはアスノテ、涼音はミライバ。今度いつ会えるかわからない、これは俺の勝手な意見だが、きっと会った方が清々しくなれると思うんだがどうだ?」

 

 企画の決行日にはもう祐樹くんはこのミライバには居ない。

 一人前になってからと言っても、VTuberは特に一人前という基準が定まっていない。


 そんなものに囚われず、個々がどのように配信して楽しむか。

 その時点できっと、一人前なのだろう。俺自身が祐樹くんの立場なら、会いたいと思う。


 そして、伝える。

 “ありがとう”、“頑張る”と。


 憧れにそれを伝えるだけでもモチベに繋がるだろうし、頑張れる。

 俺の言葉に祐樹くんは考える素振りを見せる。そして頬を掻きながら、言った。


「正直、会って話してみたいです。ただ自信がなくて、怖いんです。もしかしたらって悪いことを考える癖はどうしても抜けなくて……」


「涼音は見た目で人を選ぶような子じゃない。それに祐樹くんならきっと、大丈夫さ。受け入れてくれるし、ちゃんと話してくれる」


 自信持って、“友達”になってほしい。

 そう言って俺は握り拳を祐樹くんの胸に当て、笑った。


 祐樹くんもまた笑い、ネットだけじゃなくリアルでも仲良くなれるよう頑張りたいと意気込んでくれたーー。









 一度部屋に戻り、辰己くんに宥められ少しは元気を取り戻した翔太くん。

 俺も付き合い、四人で改善点を見出し練習を続けて数時間。


 休憩を取ることにして、各自は自由行動。

 辰己くんはメッセージで担当のマネージャーがツノを生やして激怒してると溜息を吐きながら出ていき、対する翔太くんは恵果ちゃんと新曲についての打ち合わせがあると言って抜けることに。


 俺と祐樹くんは楽屋で練習してる旋梨ちゃんと涼音の様子を見に一旦戻ることにした。

 最初は大丈夫だった。しかし涼音が待機してる楽屋に近付くにつれて段々と祐樹くんは胃の部分を抑えながら“発作”を起こしていた。


「いや、えっ、大丈夫か?」


「す、すみません! ちょっとキメます!」


「いや言い方!! それ危ない奴!!」


 思わずツッコミを入れてしまう。

 服のポケットから吸入器を取り出して思い切り吸い込み息を止める。


 そしてぷはぁ!と酸素を吐き出すと、キリッとした顔で言った。


「大丈夫です、行きましょう」

 

「ラスボスでも倒しにいくのかよ……」


 楽屋の前まで着いた俺はカードキーを通し認証する。

 そしてドアを開け、中に入る。


「調子はどうだ? 涼音、旋梨ちゃん」


「あっ、兄さん……!」


「ゆうにぃ!」


 入るなり二人は嬉しそうに駆け寄ってくる。

 その一瞬、なぜか二人には尻尾が付いていて思い切り振ってるような感じがした。


 だが俺の後ろに立っている祐樹くんの存在を目にすると二人は冷や汗を掻きながら目を丸くしていた。


「き、巨人がおるばい……!」


「おい、失礼だろ旋梨ちゃん」

 

「に、兄さん……この大きい人は……?」

 

「あぁ、二人に紹介しとこうかなと思ってな。特に涼音に。ほら、入っても大丈夫だぞ」


 怯える二人を他所に、俺は振り向いて祐樹くんに入るよう言う。

 だがその当の本人もまたカチコチに身体を硬直させ、ぎごちなくなっていた。


「シ、シツレイシマス」


 もはやカタコト、俺に続いてロボットのように付いてくる。

 とりあえず涼音と旋梨ちゃんには下がってもらい、ロボット状態の祐樹くんを隣に立たせた。


「危ない人じゃないから安心してくれ。とりあえず、自己紹介を」


「は、はじ、初めまして! お、俺は天道祐樹と言います! ミライバの子会社であるアスノテに所属するVTuberをしており、鷹飛ユウキの名前で活動しています!」


「ッ!! ユ、ユウキ……さん……?」


「その、あの……リアルでは、初めて、ですね。ひ、ヒスイちゃん……」


 祐樹くんが自己紹介した時、涼音は驚愕して目を見開いていた。

 そんな二人のやりとりに旋梨ちゃんは両方の顔色を何度も見やりながらハテナマークを浮かべていた。


「涼音、祐樹くんから色々と聞いた。だからこそネットだけじゃなく、リアルでも仲良くして欲しいと思って連れてきたんだ。休憩も兼ねて、交流してあげて欲しい」


「に、兄さん……」


「私、置いてけぼりばい……」


「旋梨ちゃんは俺と飲み物買いに行こう。二人の方が話しやすいこともあるかもしれんからな」


「ッ! 行くばい!」


「えっ、その、裕也さん!?」


「さてと、喉も渇いたし早めに行こうか。んじゃ涼音と祐樹くん、留守番頼んだぞ」


 半ば無理やりだったかもしれない。

 それでも俺たちが居る中では話し辛いこともあるだろう。


 特に祐樹くんの場合、大人数よりも少人数の方が上手く動けるような性格。

 俺はそれでも微笑ましく思い、喜んで付いてくる旋梨ちゃんを連れて自販機まで向かうことにしたーー。

 

 







 


 

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