Go To Pants
赤城兄妹の配信が始まって、30分が経過した。最初の雑談から既に兄妹は互いに曲作りに必要なメインのギターやベース、他のセッション機材の画面を映して作業に取り組んでいた。
対する涼音も画面で曲が作られていく様が新鮮で興味があるようで、画面に釘付けになっていた。
遠藤さんは配信を見ながらコメント欄、ユーザーのチェックをしながら、15分毎に配信の様子を書き記したりしていた。
『カゲロウ兄さん、このセッションにギターって合うかな。バックを重ねすぎて澱んだりしたら汚くなっちゃったりするから』
『いや、もうちょっとベースの音を大きくしていいかもな。前にギターが来るのは前提かもしれんが、ベースもその中間あたりに響かせた方がオシャレになるんじゃねえか』
『じゃあそのようにちょっと調整してみるね』
:これこれ、この作ってる雰囲気の会話がすこ
:集中してるときのカゲロウくんはかっこいい
:二人のギターとベース、相変わらず上手いよなぁ
:ちょっとトイレ行ってくる
:生きて帰って来いよ
:僅かこの時間で組み上げるもんな、すげぇよ
『んじゃホムラが調整してくれてる間に曲のお題でも決めるか。リスナーども、とりあえず適当にワード打ってくれ』
:パンツで
:じゃあ便乗してパンツ
:パンツwww
:パンツ一択
:パンツしか勝たん状態
『なんでだよ、おかしいだろ。てかなんだよ、パンツの曲って』
:そりゃパンツに捧げる歌だろ
:ネタでも履いていないと言ったことを呪うが良い
:でもカゲロウのパンツは嫌なので、ホムラたんのパンツで
:確かに野郎のパンツより美少女のパンツがいい
:カゲロウお得意の魂の籠ったパンツの歌
『は? ロック+デスボで歌うぞコラッ』
『ふふっ……!』
『なに吹いてんだよ、ホムラ』
『いや、カゲロウ兄さんがロックの曲調でパンツに捧げる歌をデスボで歌うって想像したらおかしすぎて』
:世界でもはやカゲロウしかいないわ、そんなのw
:パンツに全力を捧げるVTuberwww
:ある意味では知名度上がりそう
:上がったとしてもろくな噂にならんぞww
:これは決定だなwwww
『いや勝手に決定すんな? 別のにしろ、別のに』
最初のネタでパンツを持ち出したばかりに、コメント欄ではパンツの曲が既に決定されている様子が流れる。
それに対して翔太くんは若干引き気味に答えるも、どうやら恵果ちゃんは乗り気らしい。
遠藤さんも恵果ちゃんのように想像したのだろうか。口元を抑えて顔を背け、身体を震わして笑っている。
「いや、本当にこんな感じで配信は進むんですよね。前も翔太さんの発言をリスナーの皆が弄り始めて、収束が付かなかったり。私はいいと思いますよ、パンツの曲。ふふっ……」
「確かに興味はありますが、完成されたパンツの曲っていうワードでもはやインパクト強すぎでしょうよ。しかもそれを歌うのは翔太くん本人、そりゃ傑作ですね」
「なにかの罰ゲームみたい……」
淡々と進む会話の中で、涼音の一言に俺は納得。確かにこれは罰ゲームで間違いないわ、うん。
『わかったわかった! もうパンツでいいわ! ホムラ、パンツを作ろう!』
『ちょっと! 言い方に語弊あるんだけど!?』
『パンツパンツ言いすぎてパンツのゲシュタルト崩壊が起きてるんだよ! お前はパンツだ!』
『はぁ!?』
:やけくそになるなやwww
:ホムラちゃんかわいそすwww
:ただの投げやりじゃねえかww
:ホムラちゃんはパンツだったのか……
:言い値で買おう、いくらだ
:5千兆円です
:来来来世払いでいけるな……
もはや考えることをやめた翔太くんは『パンツ』のお題で曲調や歌詞などを恵果ちゃんと組み上げていく。
その作業が雑談と共に一時間以上経過し、大方それが形になってきたところで試しに歌うことになった。
『よし、行くぞホムラ。パンツに捧げる熱き魂を、リスナーどもにぶつけてやんぞ!!』
『えー……。本当にこの入り方でいくの……?』
『この入り方で全てが決まると言っても過言じゃない。ということでリスナーども、オレ様の歌を聞けやあああああああああああああああああああッ!!!!!』
:おおっ、こりゃ楽しみだwww
:入り方ってどんな感じなんだろ
:まぁカゲロウの雰囲気からしてロックだな
:間違いないww
:すこぶる魂が煮え滾ってるぜ!!
視聴者たちが活気溢れる中で、スピーカーからはハードでロック風の強いメロディーが流れ始める。
「か、かっこいい……!」
「この短時間でこれほどの仕上げかよ……。改めて思うけど、本当に二人は凄いな……」
雑に思わせながらも、しっかりとした曲調。数十秒とイントロが流れ、一気にコメントの流れが早くなる。
俺と涼音、そして遠藤さんまでもが楽しみだった。一体、パンツというお題でどんな入り方をするのかを。
――そして……。
『お”前”の”パ”ン”ツ”は”何”色”だ”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ッ!!??』
「「ぶふぅ!?」」
「ふあぁ……?」
イントロの終わりと同時に絶望を象徴する勢いのデスボで開始が告げられた。
同時に俺と遠藤さんは口に含んでいた飲み物を拭き散らかし、涼音は開始と共に放たれた渾身の一言とデスボの力強さにキョトンとした表情で硬直してしまった。
:ちょwww待っwwww
:wwwwwwww
:wwwwww
:吹いたwwwwww
:待たんかいコラッwwwww
:ストップストップwwwww
:迫真過ぎるわいwwwww
良い意味で荒れるコメント欄、スピーカー奥から笑いを堪え切れないでいる恵果ちゃんの声が聞こえる。
だがそんな恵果ちゃんと視聴者を置いてけぼりで、翔太くんの世界が繰り広げられる。
なんだかドッタンバッタンと音が聞こえる為、俺と遠藤さん、そして涼音はライブルームに続くドアを少し開けて確認する。
するとそこには椅子から立ち上がり、マイクを前に激しく上下にヘドバンする翔太くんの姿があった。
そんな翔太くんの暴走に、恵果ちゃんは笑いながらも腰を砕けさせ床で四つん這いになっていた。
対する俺たちも翔太くんのその姿に笑いが込み上げてきて、恵果ちゃんには悪いがそっとドアを閉めた。
「フハッ!! え、遠藤さん早く恵果ちゃん助けた方がいいかもしれないですよ!! ははははははっ!!」
「や、やめて兄さん……!! 笑いに釣られちゃう……!!」
「ふふっ、あはははははは!! こ、これは私にどうすることもできない事態ですよ! あはははははは!!」
翔太くん初号機、制御できません。しかもこれで始まったばかり故に、まだ続く。
スピーカーから漏れる翔太くんの歌、そして歌詞。それら全部がわけわからないというのもあるが、なにより本当にパンツに対して情熱を向けているようで笑いが止まらなかった。
それに続いてヘドバン、恵果ちゃんを置いてけぼりだ。歌の上手さに加えて体力やスタミナが有り余っているのは大方わかりきっていたが、まさか視聴者が見えないところでわざわざ体力を消費して歌う姿は圧巻過ぎた。
『ヴォ”オ”ォ”イ”ッ”!!!』
「やめてくれ翔太くん、頼むからァ!!!」
『――パンツって、凄いよな。結局ズボンやスカートで隠れるというのに、色とりどりに種類があるし……』
「歌詞にセリフ投入はずるい!! 翔太さん、やめてぇ!! しかも無駄にいい声!!」
『でも世の中、隠れるからこそ成り立つものがあるってオレは知ってるんだ。そう、それは勝負下着というもの……。だが、勝負下着と言ってもオレには関係ねぇ……! だって、だって……!!』
「ふふっ……! だって、なに……?」
『オレには彼女が居ねぇからさああああああああああああああああああああああああああッ!!!!! イエアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!』
サビに入る直前に導入されたセリフ。無駄にイケボで語られる一言一言に、最初は俺たち含め視聴者も聞いていた。
しかしギターが激しく上がっていくに連れて、最終的には彼女が居ないことを嘆く翔太くん。
ついにサビが来るのか? と思い、覚悟をしていた時。ジャン!という音と共にバックのメロディーが止まる。
ここまで来て機械の故障かと思い、不安になる。だが翔太くんから深呼吸する声が聞こえ、唐突な爆弾投下を受ける。
『ちなみに、今日ホムラが履いているパンツの色はピンクです』
『ふあぁぁあぁあぁ!? カゲロウ兄さあああああああああああああああああんっ!?』
『ここから盛り上げていくぜえええええええええええええええええええええええええええッ!!!』
最後の最後、それでいてセリフでとどめを刺してきた。爆弾発言を残した瞬間に曲はサビに入り、大盛り上がり。
コメント欄では恵果ちゃんの履いているパンツの色がピンクと知った視聴者による興奮の荒らしや、止まることのない翔太くんの暴走に対する笑いが爆発されていた。
――お前、最高だよ翔太くん。ネタ曲においては敵う者は居ないと素人の俺が保障してやるよ……。
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