序曲として大切なのは視聴者を沸かすこと










 涼音を落ち着かせた後、書き物のまとめも終わり昼食を食べ、一息吐いた頃に俺は落胆している。

 配信前にベッドで昼寝をしている涼音を横目で見ながら、俺は再びテーブルの上にあるお小遣い帳と預金通帳に視線を移す。


一言で言おう、出費が酷過ぎると。


 しかし別にギリギリというわけではない。単純にこの一ヵ月での出費が多すぎるということ。

 自慢ではないが16歳までは小遣い制、16歳からは給料制で親父の店で働き、コツコツと貯蓄していた故に余裕はある。


 最低限必要以上に物を買う習慣が無かった為に、十代の頃から貯金をひたすらにしていた。

 だが奏さん、涼音が来てからというものの俺は不自由のない生活をさせたいと思い色々な物を買ったりしていた。


 しかしだ、大きな買い物と言えば実家にある涼音のパソコンから始まり、この楽屋で揃えた家具の数々……。

 余裕があるとはいえ、少し無暗に使いすぎていると改めて確認して思ったのだ。


貯金残高、72万とちょっと……。


 ちなみにパソコンやら家具を購入する前は150万以上はあったが、僅かこの期間でこんなにも減っている。

 実母の保険金などは親父に任せているため、完全に小遣いでのやり取りをしなくてはならない。


見直さねば、いけないな……。


 俺は深い溜息を吐きつつも、疎かになってきている自分に喝を入れて整理する。

 しばらくその作業をして、キリが付いた頃に缶コーヒーを口にしていると、楽屋のドアがノックされた。


俺は声を出して返事をしながら、ドアを開けた。


「あ、どうもこんにちは。今お時間ってよろしいでしょうか」


「こんにちは、遠藤さん。えぇ、大丈夫ですよ」


 ドアを開けた先に立っていたのは、遠藤さんだった。用事があって訪れた遠藤さんを招き入れ、空いている椅子に座るように指示を出した。


 紅茶を淹れ、座っている遠藤さんの前に差し出す。遠藤さんは小さく会釈して、淹れた紅茶を一口と飲む。


「それにしても珍しいですね。前までは基本的に赤城兄妹が居るときにいらっしゃってたので」


「いつもあのお二人がご迷惑をお掛けしてすいません。しかし、今日は個人的なお話で来たんです。恐らく、裕也さんと涼音ちゃんの為にもなるかと思って……」


「なるほど、それはどういった内容なんですか」


 俺は遠藤さんの話に耳を傾けた。なんでも、涼音が午後の配信を終えた一時間後に赤城兄妹の配信が控えているとのこと。

 もし俺たちの都合がよければ、見学という名目でより近くの場所で見てみないかという提案だった。


 大抵のマネージャー、そしてVTuberは自分の空間を大事にしている者が多く、基本的には部外者の立ち入りは禁止しているようだが遠藤さんは逆にそれをすることで、企業勢として活動をする涼音やマネージャーとして日が浅い俺の成長やヒントに繋がったりするのではということ。


 確かにそれは有難い話ではある。実際に先輩である赤城兄妹がどういう感じの配信をしているのか、どうやって視聴者のコメントや反応を捌いているのか。

 多少以上に、興味はあったりする。


「もちろん私の判断で翔太さんと恵果さんに迷惑を掛けるわけにもいかないので、お二人にもこの話を提案してみました。そしたら嫌がることも無く、逆にそうすることでなにかいいアイデアにも繋がればとのことで承諾してくださりました」


「あの二人にはいつも涼音がお世話になってますし、そこまでして頂けるのは嬉しい限りですが少し調子が良すぎとは思われたりしませんかね……」


「と、とんでもありません! 私もあのお二人も、出来る限りなにか協力したいと思ってるので気にすることないですよ。ただ涼音ちゃんの意見も聞こうと思っていましたが、お昼寝中だったのですね」


「如何せん俺よりも涼音の方が大きな挑戦ですので、きっと緊張やプレッシャーで疲れてしまっているんだと思います。VTuberとしての経験は個人勢の時からあるとはいえ、企業での活動は大きく異なる部分がありますから」


「ふふっ、そうですね。それにしても本当に可愛らしいですよね、涼音ちゃん」


 紅茶を一口飲んだ後、視線は涼音に向けられる。気持ちよさそうに寝息を立てている涼音を見ながら、遠藤さんは優しい笑みを浮かべていた。

 

 言われずとも、涼音が可愛いのは前々からなんだよな。そう思いながら俺も珈琲を口にする。


 それから遠藤さんと世間話、先輩として色々知識を与えてもらいながら平和な一時が過ぎる。

 大体1時間ぐらい話だろうか。互いに満足し、遠藤さんは赤城兄妹の配信前の打ち合わせをする為に部屋を後にした。



――此処からは少し、端折りで流れを伝えよう。



 それから15時頃、俺は涼音を揺すり起こす。眠そうにしている涼音の準備を待って、打ち合わせをすることに。

 打ち合わせを少し挟んだ後、ゲーム配信で雑談を踏まえるという流れとして、16時に配信を始めて午後の部も何事も無く終えることができた。


 午前の部で既に緊張やプレッシャーは少しだけ緩和されていたのか、此処でも涼音の成長が見受けられた。

 約二時間後の18時、赤城兄妹が配信を始めるのは19時から。その間の時間を利用して、涼音はテーブルの上に教科書やノートを広げて夏休みの課題を始めた。


 昼寝したということもあって、涼音は活気に満ちていた。飲み物にはミルクティー、そしてクッキーを時々つまみながら勉強を進める姿はこの場の癒しというものだった。


 対して俺は連絡先を交換した遠藤さんに、メールで配信始まる15分前には行きますと一応送っておいた。

 すぐに返信が返ってきて、『慌てなくても大丈夫ですからね』という文章と共に、可愛らしいスタンプが送られてきた。


 ちなみにメールと言っているが、REINというSNSアプリである。そして地味に可愛い、遠藤さん。

 

 二人で別々の事をして休憩を活用し、時間が迫った頃。俺は涼音に声を掛けて、準備するように促した。

 俺の言葉に涼音は頷き、鼻歌交じりに広げていた教科書などをしまい始め、言われた通り準備を始める。


 気分がいいのはとても良い事だが、鼻歌は珍しいな。そう思いながら準備を終わらせ、楽屋を後にした。



――赤城兄妹が配信をする、ライブルームにて。



「あっ、涼音ちゃん! やっほ!」


「恵果さん……! や、やっほ……!」


 ノックして確かめた後、俺はドアを開けた。中に入ると恵果ちゃんが涼音に気付き、小走りで近付いてくる。

 対する涼音も恵果ちゃんと同じように挨拶を交わすも、恵果ちゃんはその前に涼音を抱きしめた。


尊いが、目の前にある。眼福眼福……。


「神代の兄貴、ご無沙汰っス! オレも恵果みたいに抱きしめた方がいいっスか?」


「芸人魂を宿してるんじゃないよ、翔太くん」


 両手を広げてぐねぐねと近付いてくる翔太くんを咎めながら、俺は機材の最終チェックをしている遠藤さんに寄った。

 

「遠藤さん、今日はありがとうございます」


「いえいえ、大丈夫ですよ。先ほども言いましたが、この見学で少しでも力になれたらと思っていますので。ちなみに今日の配信は面白いと思いますよ」


「どういった配信をするんですかね」


「――約三時間の間で、視聴者の要望を取り入れて曲を作ります」


「……えっ?」


 さらっとエグイことを言う遠藤さんは、困惑して固まった俺を他所に準備が出来たと赤城兄妹に指示を出した。

 三時間の間で、曲を作る……? それも、自分らの提案ではなく視聴者の提案を搔き集めて……?


 なにがなんだか、わからずじまいで俺と涼音は別室に移動し、遠藤さんと並んで椅子に座った。

 目の前にあるデスクトップで赤城兄妹の配信枠に待機し、やがて赤城兄妹の準備ができたところで配信は始まる。


『こ”ん”ば”ん”は”ッ、ロ”ッ”ク”ン”ロ”ー”ル”ッ”!!!!』


『ちょ、カゲロウ兄さん……。打ち合わせに無い挨拶の仕方やめてくれない? びっくりしたんだけど……』


:初手デスボは草生えるwwww

:打ち合わせとか裏の話をするなww

:今日のカゲロウやけに気分が良さそうだww

:これから曲作ったり歌ったりするのに喉潰すぞwww

:いや、つい最近12時間ぶっ通しで配信した時に潰してたぞ

:草wwwww


 始まる同時にお茶を口に含んでいた為に、最初の挨拶をデスボで繰り広げた翔太くんのせいで吹きそうになる。

 慌てて口を手で覆ったが、少し漏れてしまった。それぐらいにインパクトがあり、想像を絶する形で面白さがあった。


 心配する視聴者、もっとやれと望む視聴者。中には呆れている視聴者と多種多様だった。

 

『いやぁ、デスボって難しいよな。練習を重ねるうちに続くようにはなったんだが、最初は淡吐き爺さんだった。カァァァ、ッペ!』


『汚い汚い! そんなことしてると本当に飽きられて視聴者さんが減っちゃうよ?』


『それは困る、すいませんでした。お詫びに脱ぎます』


『ちょっと本当に脱ごうとしないでよ!?』


:ホムラちゃんが脱ぐならまだしも、カゲロウが脱いでもな……

:それなw誰得状態だわwww

:せめてアバターの方を脱がせwwリアルで脱ぐんじゃないww

:妹にセクハラ行為、いいぞもっとやれ

:反応的にマジもんのやつwww


『オレ、こう見えて腹筋バキバキだぜ?』


『違う、そうじゃない! ていうかどうでもいい!』


『またまた~! ちょっとマジで見てみ、割れてるから。あっ、今気づいたけどパンツ履き忘れてるわ』


『嫌あああああああああああああああああああああッ!!!』


:wwwwww

:どういことだよww

:腹筋見せるついでに気付くんじゃないwww

:ホムラちゃん、強く生きて……

:せめてパンツは履けwww


『なに叫んでんだお前。嘘に決まってるだろ』


『バカァ!!』


『痛いッ!?』


 画面に接続されているスピーカーからは、ビンタを食らったであろう綺麗な音が鳴り響いた。

 パンツを履いていないというネタに、隣で見ていた涼音は顔を赤くしていた。

 

 しかし恵果ちゃんが翔太くんを叩いた時、なぜか納得したように頭を縦にうんうんと頷かせていた。

 ちなみにこのノリは遠藤さん曰くいつものことらしく、これを最初に出して曲作りへと入るらしい。



――兄妹仲睦まじく、それでいて騒がしい。でもそれが、赤城兄妹の配信が面白い理由なのかもしれない。

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