一話・魔法の1歩⑥

 家に戻ると、アンライトが出迎えてくれた。家に帰ると人がいるというのはいいものだな、と思うのはこれで何回目だろうか。アンライトが作ってくれたご飯を食べ、お風呂に入る。二枚敷かれた布団に僕とアンライトはそれぞれ入り、明かりを消す。


 月が窓から少し顔を出した頃、誰かがゴソゴソとこちらの布団に入ってくるのを感じた。音がしなくなってから、少し経った後に顔の横から声が聞こえる。


 「…す、スピネルさん、起きていますか…?」


 なんだ、アンライトか。僕は、少し寝ぼけている脳を起こしながら返事をした。僕の返事を聞いたアンライトは、さらに話し続ける。


 「…あ、あの…。僕は、スピネルさんがこの国に来てくれてから毎日がとても楽しいです。だから、他の国に行くとか言わないでください…。いつまでも…この国にいてください…。」


 いつまでも…か。僕は、アンライトのいる方向に寝返りを打ち、向かい合わせになる。月明かりで光るアンライトの目は青色に輝いている。


「…アンライトさん…。」


 アンライトは、「…は、はい…。」と恋愛ゲームの主人公が告白の答えを言われる瞬間みたいな顔をしてスピネルの答えを待つ。スピネルは、静かに一息つくと、まっすぐにアンライトを見て言う。


 「……地図、返してください。」


 スピネルの声が静かな部屋に溶けていく。少しの静寂がとても長く感じる。静寂を切り裂くようにスピネルは話す。


 「…私は、この国に来てから地図を開いていません。それは、地図が高価なものだからです。ウィッチマ国の住人がみんな善人だとは限らないですからね。となると、この国にいる人で私が地図を持っていることを知っているのは、私自身か……会ったときに地図を見たあなたかです。」


 アンライトは、毛布に顔を少し埋めた。月明かりで照らされていた顔が暗くなってしまってよく見えない。


 「…で、でも…」


 アンライトは、否定しようとするが言葉が詰まっているようだった。


 「…この国に来た当初、あなたはカフェで浮遊の魔法を使っていました。私の地図もその浮遊の魔法で取ったんじゃないですか?」


 アンライトは、埋めていた顔を上げた。

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