第35話:黒髪ロングの黒縁メガネ美少女が弊社に内定した件。

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【前回のあらすじ】


 姉さん! 事件です!

 コスプレ仲間のいばらぎちゃんこと、辛城しんじょういばらさんの内定が決定しました。


 よかった。よーーかったーー。


 それにしても辛城しんじょうさんの絵を見るセンスはすごいです。審美眼はすごいです。れんちゃんの、妄想100%、美化200%のぼくのスケッチを、ひと目見てぼくだと見破りました。

 乙姫おとひめみなとも、男の子だって、一発で見抜きました。すごい!


 あと、辛城しんじょうさんが、大学の単位はもう全部取っているから、すぐにでも働けます! って言ったから、明日から卒業までは、試用期間も兼ねてアルバイトとして働いてもらうことになりました。なんかもう色々とトントン拍子です。すごい!

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 辛城しんじょうさんは、今、社長の発子はつこさんと、契約を進めている。給料とかそこらへんの話もあるので、ぼくと崔峰さいほうさんは席を外した。


 ぼくは、とりあえず、乙姫おとひめみなとのコスプレから着替えようとトイレに向かっていると、崔峰さいほうさんに呼び止められた。


「ケフちゃん、今日はわたしの家にお泊まりしマスオさん」


「え? そうなんですか?」


「ソーナンス。スージークーパーのお礼をしたいザーマス」


「え? そんなの悪いですよ」


 なんだか、せっかくのお祝いにすぐさまお祝い返しをもらうのは悪い。ちょっと、いやかなり気がひける。そもそも、金欠のぼくは、れんちゃんにお金を立て替えてもらっている。気がひけるなんてもんじゃない。


「大丈夫。問題ない。わたしがプレゼントするのはケフちゃんにだけ。乙葉おとはくんにはあげない。乙葉おとはくんがれんちゃんにお金を立て替えてもらっているのも知っている。ランチの時に問いつメタモン」


 そうなんだ……なんだかちょっと恥ずかしい。


乙葉おとはくんは、わたしが買うれんちゃんへのお返しの品のお裾分けをいただけば良いと思います」


 え? どういうこと? お菓子か何かなのかな?


乙葉おとはくん、せっかくだから君に良いことを教えマスオさん。スエーデンの名物料理は、ヤンソンさんの誘惑。子供から大人まではしゃいでしまうほとおいしい。おこちゃまの乙葉おとはくんもきっと誘惑されることでしょう」


 え? どういうこと? ヤンソンさんの誘惑?? なんじゃそら?


「大丈夫、マイフレンド」


 崔峰さいほうさんは、ぼくの肩をぽんぽんと叩きながら親指をたてた。そして、自分の席にスタスタと帰っていった。

 謎だ。崔峰さいほうさんの言葉は、いつもトンチンカンだけど、今日はいつにもましてトンチンカンだ。さっぱり意味がわからん。でもまあ、とりあえずは今日はれんちゃんは崔峰さいほうさんの家にお泊まりすることはわかった。

 ぼくは、トイレで服を着替えながら考えた。


 今日の晩御飯は会社で食べよう。


 ぼくは乙姫おとひめみなとのコスプレ衣装を着替えてトイレから出ると、ちょうどいばらぎちゃん……辛城しんじょうさんが帰る所だった。


「いばらぎ……じゃない、辛城しんじょうさん、明日からよろしくね」


 ぼくが声をかけると、


「うん。ミズキちゃん、じゃない乙葉おとはちゃ……じゃない乙葉おとはくん、これからよろしくね」


って、めっちゃ言いづらそうにいった。

 ぼくたちは、おたがい気まずかった。無理も無い。〝普通の格好〟で会うのなんて、今日が初めてなんだから。


「……あの、なんだか照れくさいから、今まで通り、〝ミズキ〟でいいよ」

「だったら、アタシも〝いばらぎ〟って呼んで。もしくは〝いばら〟ちゃんって呼んでほしいな」


「じゃあ、これからよろしくね。いばらちゃん」

「こちらこそお願いします。ミズキさん」

「あ……さん……づけはちょっと恥ずかしいかも」

「じゃあ、瑞樹みずきで」

「うん、うよろしく、いばらちゃん」


 ようやく呼び名が決まったぼくたちは、どちらからともなく手を出して、ガッチリと握手をした。


「じゃあ、明日は10時だから、朝早いと思うけど頑張って!」

「いやいや、10時は全然早く無いでしょ。むしろ、学校にいく時より遅いくらいだよ」


 いばらちゃんは、苦笑いしながら言った。ぼくは、弊社の自由な社風がいかに特殊なのかを痛感しながら、いばらちゃんを見送った。

 なんだか、背中に冷ややかな視線を感じながら見送った。


 会社の玄関が閉まって、ぼくが振りかえると、さっきからずっと冷ややかな視線を放っていた人物と目があった。その人物は目が合うなりうつむいて、その色素の薄い茶色い瞳を、墨汁のようにダバダバとかけたような前髪でかくした。れんちゃんだ。

 そう言えばれんちゃんは、ぼくのことを〝乙葉おとはくん〟とずっと苗字で呼んでいる。

(というか、名前を呼んでもらえるようになったのも、よくよく考えたら先週からだ)


 ぼくは、なんだか気まずくなった。


 よくよく考えたらおかしな話だ。今日本名を知った、お友達に軽々しく名前呼びをリクエストしてるのに、付き合ってる、同棲までしちゃっている彼女であるれんちゃんが名前呼びなんて、かなりおかしな話だ。


 ぼくは、乙姫おとひめみなとのコスプレ衣装を自分の席に置くと、会社のご飯を、いつもより一合多く炊くことにした。そしていつもの惣菜屋さんで、男らしくジャンボチキンカツを買って食べることにした。


 ぼくは、お昼に、甲林きのえばやしさんが言った言葉を思い出した。


『お前たちは付き合ってるんだぞ。つまり……ケフちゃんだって、おまえとセック……い、いや、もっとになりたいんじゃないのか?』


 セック……は置いといて、名前くらい下で読んでもらいたい。せめてそれくらいは、親密になりたいと思った。れんちゃんと、もっとお近づきになりたいと思った。

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