第31話:甲林さんにランチをおごってもらう件。

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【前回のあらすじ】


 姉さん! 事件です!


 弊社CGデザイナーの公募に、ぼくの知り合いが応募してきました。名前は、辛城しんじょういばら……さんらしいです。

 ぼくのコス友で、「いばらぎちゃん」って名前で活躍しています。サンクリでは、コス合わせをして、ふたりで一緒に黒山のひとだかりをつくりました。

 

 崔峰さいほうさんいわく、採用大決定らしいです。異論は許さぬらしいです。 発子はつこさんもOKみたいだし、今日四時から面接です。


 ぼくも、いばらぎちゃんと一緒に仕事ができるのは嬉しいです。でも、ひとつだけ問題があります。ぼく、まだいばらぎちゃんに、男だってこと告白してないんです。もし男だってばれたら、嫌われないかな……気持ち悪がられないかな……。


 姉さん! ぼく、わりとガチで心配です!!

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「そう言うわけで、崔峰さいほう乙葉おとはくん、4時から面接ってことでよろしく!!」


「了解しまんとがわ!」


 発子はつこさんの指示に、崔峰さいほうさんは、トンチンカンに答えた。ぼくは、どうしても心配なことを、発子はつこさんに聞いた。


「あ、あの、発子はつこさん。ぼく、どんな格好で面接すればいいですか?」


「変なことを聞くねぇ。いつもどおりでいいだろう。面接受ける側ならともかく、きみは、面接官なのだよ?」


「いや……実は……ぼく、いばらぎ……いや、辛城しんじょうさんに、男の娘だって、告白していないんです……」


「なんだってー!!」

「なんだってー!!」


発子はつこさんと、ついでに崔峰さいほうさんは、驚いた。ちょっとおおげさなくらいに驚いた。


「ドッキリグランプリなモニタリング!」


崔峰さいほうさんがいつにも増してトンチンカンなことを言うと、


「ふむふむ、これは面白いねぇ。いばらぎちゃんどんな反応するだろうねぇ」


と、発子はつこさんも、にやにやと能天気なことを言った。


「あの……もう少し真剣に考えてくださいよ。いばらぎ……じゃない辛城しんじょうさん、気分を悪くしませんか? だってぼく、ずっとだましていたわけだし……その、気持ち悪がられたりとかしないか心配で」


「うーん、考えすぎのような気もするが、でもまあぁせっかくだ。乙葉おとはくんは、〝乙姫おとひめみなと〟のコスプレで面接に臨みたまえ!」


 え? どういうこと??


「君たちは、基本、即売会でしか合わないんだろう? で、あればだ、一番自然な服装はコスプレなのではないかい?」


「そんな、適当な……」

「そう、適当、適して当たっている。なにか異論はあるかね?」


 そういえば、ぼくが、いばらぎちゃんと初めて出会ったのは、姉さんのセーラー服を着ているときだし、サンクリのコス合わせも、会場に二時間前から入って、コスプレしていばらきちゃんと待ち合わせしたんだもの。(ぼくが女子更衣室入ったら、警察に捕まるもの)


 確かに……合ってる……一見するとめちゃくちゃだけど、適して合ってる。

 うん。ひょっとしたら、それが一番いいのかも?


「はっはっは! そういうことだ。よろしく頼むよ!

 ついでに書類も片付けておいてくれたまえ!!

 わたしは、これからお弁当を食べるとするよ!」


 そう言うと、発子はつこさんはスタスタと給湯室にある冷蔵庫に向かって言った。


「わたしもこれから、れんちゃんと秘密のランチデート!」


 そう言うと、崔峰さいほうさんは、ケフちゃんと一緒にランチに出かけてしまった。


 秘密のランチデートってなんだろう……気になる。

 けど、まあいいや、今のぼくは外食ランチをする余裕なんてない。

 ぼくは、先週金曜日に多めに炊いて冷凍しておいたご飯をチンして食べよう。


 辛いけど我慢だ。先週とこの週末は、とにもかくにもお金を使いすぎた。


 ぼくは、いそいそとゲーム機だらけのブラウン管テレビの前に並べた応募書類をかたずけながら、ご飯のお供を、惣菜屋さんのコロッケとポテトサラダにするか、男らしくジャンボチキンカツ1個にするかを考えていると、甲林きのえばやしさんに、声をかけられた。


「よう、乙葉おとは、メシいかね?」

「ごめん、今月は金欠なんだ」


 ぼくは丁重に、でもフランクに、甲林きのえばやしさんのお誘いをお断りした。

 ぼくと甲林きのえばやしさんは、同じゲーム専門学校の出身だ。学年は甲林きのえばやしさんの方がひとつ上だけど、入学年は一緒だから、呼び名がさん付けな以外はほとんどタメ口だ。


「なんだ? 金欠か? だったら、おごってやるからさ。ま、いつのも定食屋だけど」


 おごり……。


 なんて魅惑的なお誘いなんだろう。


「じゃあ、せっかくだからお言葉に甘えて……」

「せっかくついでに、俺は食後のコーヒーもおごるぜ! ま、プラス50円されるだけだけどな!」

「さすが、先輩! 太っ腹!!」


 ぼくと、甲林きのえばやしさんは、ゲーム専門学校の同期だ。

 でも、この会社では、甲林きのえばやしさんは、ぼくの2年先輩だ。そしてチーフプログラマーだ。うちの会社のスクリプトエンジンは、甲林きのえばやしさんが作っている。

 うちの会社のゲームのアドベンチャーシーンは、全部甲林きのえばやしさんのスクリプトエンジンで制御している。しかもそれを、全部ひとりで担当している。

 そう、甲林きのえばやしさんは、会社にはなくてはならない存在なんだ。


 出社時間は発子はつこさんが退社する5時前くらい(でもって毎回会社に二〜三泊する)で、就業時間中はいつもソリティアばっかりしてるけど、欲しい演出機能や内部フラグ処理の仕様を提出すると、次の日の朝には必ず処理が実装されている。


 いつ仕事をしているのか全く謎だけど、とにかくすごい人なんだ。

 だから(多分)お給料もぼくよりすごい人なんだ。


 持つべきものは、昔からの友人だ。そして裕福な先輩だ。

 ぼくは、ニコニコしながら、甲林きのえばやしさんに食事をご馳走してもらうことにした。

 

 そしてぼくは、この30分後(要するに食後)に激しく後悔をすることになる。

 ぼくは、うっかりしていた。本当にうっかりしていた。甲林きのえばやしさんの企みも知らずに、ホイホイとランチをご馳走になってしまったんだ。

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