第30話:サンクリ当日は夢眠ねむだった件。

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【前回のあらすじ】


 姉さん! 事件です!


 弊社CGデザイナーの公募に、ぼくの知り合いが応募してきました。

 名前は、辛城しんじょういばら……さんらしいです。

 

 実はぼくも今日、初めて本名を知りました。同人誌の即売会で知り合った友達だったからです。いつもは「いばらぎちゃん」って名前で活動しているんです。


 すっごいスタイルの良い女の子で、セクシーなコスチュームも全然エッチな感じじゃなく、カッコ可愛く着こなすんです。

 今月のサンクリでは、ぼくにはぜったいにできない、イベントCGでパンチラ画像の差分が6種類もある、健康的なお色気が人気の金髪ポニーテールの女の子のコスプレをしていました。爽やかお色気と見せパンで注目の的でした。


 夏コミのときは、格闘ゲームの特殊部隊の女の子のコスプレでした。帽子をかぶって金髪の長髪をおさげにしている人気キャラクターをカッコ可愛く演じていました。まだ洗脳されている時の、水色ハイネック&ハイレグの際どいコスチュームでした。


 もう、ぼくには絶対に着こなせない、体のラインがはっきりクッキリバッチリなコスチュームを、堂々とカッコ可愛く着こなしていました。


 いいなぁ。


 あれ? そういえばぼく、何を話していたんだっけ??

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 ぼくは、いばらぎちゃんの履歴書を見た。名門の美大生なんだ。すごい!

 今年卒業か……てことはぼくの一個下か……就職活動中だったんだ。


 ぼくは痛感した。コス友として、いばらぎちゃんのことを知っている気がしていただけで、実は何も知らなかったんだなって。去年の夏コミに姉さんのセーラー服を着て、ひとりでおどおどとコミケ会場を歩いていたぼくに優しく声をかけてくれて、コスプレのを、手取り足取りおしえてくれたいばらぎちゃんのことを、なんにもしならかったんだなって痛感した。


 そして、いばらぎちゃんに、なんだか申し訳がない気がした。だって、ぼくだけが、いばらぎちゃんの情報を一方的に知ってしまったんだもの。

 本名も、通っている学校も、住んでいるところが小平市だってことも、一方的に知ってしまったんだもの。ぼくなんて、いばらぎちゃんにさえ明かしていないのに……本当に申し訳ない気がした。


「さすが乙葉おとはくん、仕事がはやイスタンブール」


 スタッフへの指示を出し終えた崔峰さいほうさんがやってきた。崔峰さいほうさんは、ゲーム機だらけのブラウン管テレビの前のスペースに、ぼくが並べた履歴書と作品をつぎつぎと見ていった。


「厳しい。難しい。厳しい。難しい。厳しい。悪くない。厳しい。悪くない。難しい。まあ……悪くない……」


って、次々と作品を評価していった。そして、


「それも見せてくだサイバイマン」


って、手をだした。

 ぼくは、いばらぎちゃんの作品を崔峰さいほうさんに手渡した。


「あ、悪くない!!」


崔峰さいほうさんは、明らかに一段高いトーンの声ていばらぎちゃんのイラストを評価した。


「基本的な画力は……まあ置いといて、まず第一に線の処理が上手い。丁寧。これなら彩色のときの手間がかからない。影もちゃんとしている。厚塗りもごまかしてない。その証拠にグラデ塗りがしっかりしている。うん、上手。すごいよこの人!」


 すごい! あの崔峰さいほうさんがここまで褒めるのってそうそうない!


「履歴書もみせてくだサイバイマン」


 ぼくは、言われるがままに崔峰さいほうさんに履歴書をわたした。あと、崔峰さいほうさんが絶対にテンションが上がるであろう、いばらぎちゃんのコスプレ写真も履歴書の下にして一緒にわたした。


辛城しんじょういばら……あ、同じ大学なんだ。今年卒業ね。デザイン情報学科? そんな学部できたんだ。となるとCGはお手のモノか……」


 崔峰さいほうさんは、真剣にいばらぎちゃんの履歴書を見ている。その証拠に、トンチンカンなダジャレが全く出てこない。


「志望動機……え!? なにこれステキック!!」


 崔峰さいほうさんは、いきなり声のテンションをあげた。


「『尊敬するコスプレ神、ミズキちゃんのコスプレに釣られて応募しました』って書いてある!」


 え? どういうこと??


 崔峰さいほうさんは、急いで履歴書の下にある写真をみた。


「おう! モーレツ!!」


 崔峰さいほうさんは、いばらぎちゃんのパンチラコスプレ写真にクラクラして目頭を押さえていた。


「わたしはバカだ! バカリズムだ! 大バカリズムだ! あのときわたしはなにをしていた!? あ、眠ってた。仕事の徹夜明けで夢眠ゆめみねむだった……不覚!!

 なんてこった、いばらぎちゃんとミズキちゃんのツーショットを見逃していたなんて! 見せつけ健康エロカッコ可愛いいばらぎちゃんと、絶対見せないあざと可愛いミズキちゃん、両極端な2大コスプレマスターの共演を見逃していたなんて!! 見逃し配信はパラビでひれはれ!!」


「ちょ! 崔峰さいほうさん! 落ち着いてください!」


 ぼくは、完全にこわれてガックリとその場にへたりこんだ崔峰さいほうさんをかかえ起こした。(今日の崔峰さいほうさんはへたれこんでばっかりだ)


「ミズキちゃん……じゃない乙葉おとはくん! 君は、いばらぎちゃんが、CGデザイナー志望って知ってたの!? 知ってて死亡遊戯??」


「い、いえ、まったく。というか基本は即売会以外で交流ないですし、いばらぎちゃんの本名も今日初めて知りました」


「ソーナンスか……いやでもこれは絶対運命! 絶対いばらぎちゃんを採用! 決定!! 大決定!!! 異論は許さぬ!!」


「こらこら崔峰さいほう、社長の私を差し置いて、なに勝手に採用を決めているんだ?」


 興奮して、デンション爆上がりの崔峰さいほうさんの声を聞きつけて、発子はつこさんがやってきた。


「でもまあ、崔峰さいほうが問題ないなら、私も一向に構わないのだがね? 崔峰さいほう、履歴書を貸してくれたまえ!」


 崔峰さいほうさんは、言われるがまま履歴書を発子はつこさんに渡すと、発子はつこさんは履歴書を一瞥いちべつするなり、おもむろにタイトジーンズの後ろポケットから携帯電話をとりだして、電話をかけはじめた。


「……………………………………。

 わたくし、有限会社◯◯の丁々ちょうちょう発子はつこと申します。辛城しんじょういばらさんでしょうか。

 ……………………………………。

 採用に関しまして、面接をお願いしたいのですが。

 ……………………………………。

 はい。こちらとしましては、できるだけ早くお会いしたいのですが。

 ……………………………………。

 はい、はい。承知しました。では本日16時にお待ちしております。

 ……………………………………。

 こちらこそよろしくお願いいたします。それでは失礼いたします」


 ピッ!


 発子はつこさんは携帯電話を切ると、ぼくと崔峰さいほうさんに向かって叫んだ。


「そう言うわけで、崔峰さいほう乙葉おとはくん、4時から面接ってことでよろしく!!」


 弊社の社長は、即断即決がウリだった。


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