第13話:〝乙姫 湊〟が三次元と二次元に降臨した件。

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【前回のあらすじ】


 姉さん! 事件です!


 いや、特には事件は起きていませんでした。すみません。

 しいて言えば、崔峰さいほうさんが、午後3時出勤するくらいです。


 ただ、割と日常茶飯事なので、そこまで気にならないです。


 れんちゃんは会社に来るなり、もくもくと女子高生の写真集をみながら、〝乙女ゲー〟の隠しキャラの男の娘〝乙姫おとひめみなと〟ちゃんの制服姿をスケッチしまくっています。


 ぼくは、そんなれんちゃんを見ながら、外注デザイナーさんの進行管理と、下請けのデザイン受注業務の進行管理をさばいています。あと並行して、冬コミの企業ブース用のグッズの発注をやっています。


 トリプルタスクですが、割と日常茶飯事なので、そこまで気にならないです。


 そんなことよりも、〝乙女ゲー〟のメインキャラクターが一切決まっていないことの方が問題です。このままでは、全員隠しキャラクターのゲームが出来かねません。


 姉さん! ぼく、どうしよう。

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「おはようございマスオさん」


 午後3時5分、崔峰さいほうさんがフラフラになりながら、タイムカードをガシャコンと言わせた。


 崔峰さいほうさんはフラフラとぼくの机に近づいてきて、紙袋を置いた。そして一言、


「できました。お納めください」


と言うと、フラフラと仮眠スペースに直行した。多分徹夜したんだろう。


 ぼくは、崔峰さいほうさんが持ってきた紙袋の中を見た。そして声を上げた。


「これって? 制服??」


 昨日、崔峰さいほうさんがデザインした男子制服と女子制服だった。あと、落ち着いた暗めの緑色で、ボブで、サイドテールのウイッグが入っていた。

 取り出してみると、男子制服はちょっと小さめのサイズで、女子制服はちょっと大きめのサイズだった。


 ぼくにピッタリのサイズだった。


 え? どういうこと?


 崔峰さいほうさん、たった一日でこの制服作ったの??


 スゴイ!


 崔峰さいほうさんの実家は、銀座で百年以上も続くテイラー。つまり洋服の仕立て屋さんだ。なみいる著名人の常連さん、特に歴代の総理大臣のほとんどが常連さんの、超老舗しにせテイラーだった。


 崔峰さいほうさんは結構なお嬢様だった。


 そして、テイラーとしての腕は、確かだった。

 崔峰さいほうさんの私服は、全て崔峰さいほうさんが自分で作ったモノだ。

 そして、崔峰さいほうさんは、コスプレ界隈では、とても有名なパタンナー(デザイン画から型紙を作る仕事)&お針子さんだった。


 ここだけの話、一度でもいいから、崔峰さいほうさんの作った服を着てみたいと思ってた。


 ぼくは興奮した。ぼくはいろめきだって女子制服と緑のウィッグを抱き締めると、トイレに行って着替えてみた。


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 ・

 ・


 これが、ぼく? いや〝乙姫おとひめみなと〟?


 男子トイレの前に立っているぼくは、可愛かった。可愛いなんてもんじゃなかった。


 ほんの少しだけ、大きめに作ってあるブレザーが、ぼくの肩幅を可愛く女の子のシルエットに見せている。萌え袖も可愛い。そしてとくにキッチリ膝上の5センチのスカートが最高だった。ぼくが一番自信がある、ふくらはぎが一番可愛く露出する。


 完璧な美少女が男子トイレの鏡の前にいた。


 ガチャリ


 甲林きのえばやしさんがトイレに入ってきた。

 ぼくがにっこり笑うと、甲林きのえばやしさんは、顔を青ざめてドアをしめた。


「なんだよ、やっぱここ男子トイレじゃねぇか!」


 甲林きのえばやしさんには、トイレの外で叫び声をあげた。ぼくはツカツカとトイレを出た。

 甲林きのえばやしさんと目が合った。


 ぼくは、植物公園でれんちゃんがぼくに向かって見せたポーズと表情を思いだしながら、手をうしろに組んで、ちょっと屈みながら悪戯っぽい声でいった。


甲林きのえばやしさんのエッチ!」


 甲林きのえばやしさんは、ほほを赤らめてカチンコチンに固まっていた。


 ほくは、フリーズした甲林きのえばやしさんの前を歩いて、靴を脱いでスリッパに履き替えて、ゲーム機だらけの大きなブラウン管テレビの前に立つと大きな声で行った。


「はじめまして!」


 会社の社員全員が、ぼくに集中した。


「はじめまして〝乙姫おとひめみなと〟です

 趣味は音楽鑑賞で、クラシックとか良く聴きます。

 これから、よろしくお願いします」


 男性社員が、軒並みほほを赤らめて、カチンコチンに固まっていた。

 でもって発子はつこさんがカメラを持って、いろめき立ってやってきた。


「なんだこの世界一可愛い男のは! いいねぇ、たまんないねぇ」


 ぼくは、調子に乗って発子はつこさんに向かって可愛いポーズをお見舞いした。発子さんは可愛い〝乙姫おとひめみなと〟をカシャカシャと激写した。

 ぼくが調子に乗って、可愛いポーズを連発していると、いきなりれんちゃんが叫んだ。


「動かないで!」


 れんちゃんは、スケッチブックを構えて、ぼくの真正面に立って鉛筆をシャカシャカと走らた。

 つづいて、真横に立って、鉛筆をシャカシャカと走らせた。

 最後に、真後ろに立って、鉛筆をシャカシャカと走らせた。


 あっという間に、スケッチブックに〝乙姫おとひめみなと〟の三面図を起こした。


 可愛かった。


 なんなんだ、この美少女は? なんなんだ、このあざと可愛い美少女は?

 ぼくが、スケッチブックのあざと可愛い美少女に見惚れていると、れんちゃんが素早くスケッチブックをめくって叫んだ。


「喜んで!」


 ぼくは言われるままにあざとく可愛く喜んだ。


「怒って!」


 ぼくは言われるままにあざとく可愛く怒った。


「悲しんで!」


 ぼくは言われるままにあざとく可愛く悲しんだ。


「デフォルトの表情で!」


 ぼくは言われるままにデフォルト、つまりは基本の表情であざとく可愛く自然に口角を上げた。


 れんちゃんは、素早くスケッチブックをめくった。そして叫んだ。


で笑って!」


 本心? なんだわからないけど、ぼくは〝乙姫おとひめみなと〟の本心を想像しながら、つまり男性の気分で笑った。


「違う! 乙葉おとは君ので笑って!」


 え? どういうこと?


 ぼく? ぼくの本心? ちょっとなにいってるか、わからない。

 うーん、なんだろう? ぼくはとりあえず、苦笑いをした。


「そう!」


 え? そういうこと?


「次は! 乙葉おとは君ので怒って!」


 え? どういうこと?


 いやいやいや。だれに怒ればいいの?

 うーん、なんだろう? ぼくはとりあえず、困って怒ってみた。


「違う! わたしに怒って!」


 え? どういうこと?


 いやいやいや、れんちゃんになんて怒れないよ。

 不可能だよ。ぼくは、苦笑いをした。


「違う! 全然違う! だったら、わたしのために怒って! 昨日、発子はつこさん言ったことを思い出して」


 発子さんに? あ? そういうこと?


 ぼくは、昨日、発子れんさんに向かって言った言葉を思い出した。


発子はつこさん、れんちゃんのことを、金輪際こんりんざいでください。お願いします」


「それ!」


 れんちゃんはものスゴイ速さで、ぼくの表情をシャカシャカとスケッチブックに写しとった。

 発子はつこさんは、ものスゴイ速さで、カメラのシャッターをカシャカシャと押しまくった。


「次は、わたしのために悲しんで!」


 ぼくは、れんちゃんが、小学校の頃に、苗字でイジメられていた時の事を想像して、悲しんだ。


「それ!」


 れんちゃんはものスゴイ速さで、ぼくの表情をシャカシャカとスケッチブックに写しとった。

 発子はつこさんは、ものスゴイ速さで、カメラのシャッターをカシャカシャと押しまくった。


「最後に、わたしを見て!」


 ぼくは、務めて普通に、いつものように、れんちゃんの一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくを見守るような顔をした。


「それ! すっごくいい!」


 れんちゃんはものスゴイ速さで、ぼくの表情をシャカシャカとスケッチブックに写しとった。

 発子はつこさんは、ものスゴイ速さで、カメラのシャッターをカシャカシャと押しまくった。

 そして、


「できました!」


 と、スケッチブックを広げた。


 そこには、ちょっと信じられないくらいあざとく可愛い女の乙姫おとひめみなと〟の喜怒哀楽と、どことなく、なんとなく頼りない感じだけど、でも、カッコ可愛い男の子の〝乙姫おとひめみなと〟の喜怒哀楽が描かれていた。


 すごかった。ぼくは、魂を持って行かれた。

 〝乙姫おとひめみなと〟の妄想が猛烈にはかどった。


 多分だけど、この男の子は、〝乙姫おとひめみなと〟は、主人公の女の子に一目惚れしたんだ。多分初恋だと思う。そりゃそうだ。だってさ、今まで自分よりも可愛い女の子に出会った事ないんだよ? そんな、乙姫おとひめみなと〟の目の前に、主人公が……自分の理想とする女の子がの目の前にいきなり現れて一発で恋に落ちたんだ。


 でも、恋をした瞬間に、一目惚れした瞬間に、この恋が叶わぬ恋と悟ったんだ。だからこの男の子は、主人公の恋を応援する役目にまわったんだ。裏方に回って、主人公の女の子が好きな男の子と、いい感じに、いい雰囲気になれるように、あざとく裏工作をしたんだ。


 あざとく主人公が男の子と鉢合わせるタイミングを作ったり、あざとくイジワルをして、主人公の魅力を男の子にアピールしたり、あざとくダブルデートを演出したり、あざとく主人公の恋の橋渡し役になったんだ。あざとく恋のキューピットを演じたんだ。

 でも、本心では、心の奥底では、主人公の事が好きで好きでたまらない。それを隠し切れないでいる。あざとい男のの本性が、ポロリとほころび出ることがある。


 ままならない。


 歌舞伎の妻方めかたの修行のために、複雑な家庭の事情のために女装して、あざとい女の子を演じて学園生活を送る表の顔と、主人公にあざといおせっかいをやきながらも、本当は自分は男だと、本当は自分も君のことが大好きだと、自分の想いを伝えたい裏の顔。


 れんちゃんのスケッチブックには、そんな〝乙姫みなとみなと〟の複雑な二面性を、ままならないキャラクター造形を、見事に、本当に見事に描き切っていた。


 素晴らしかった。

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