第9話:弊社女性がマイノリティだらけの件。

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【前回のあらすじ】


 姉さん! 事件です!


 れんちゃんと同棲することになりました。


 いやっほう!


 でもどうやら、社長の発子はつこさんの一方的な都合みたいです。

 大人ってずるい……。


 あと、ようやく仕事を始めました。

 今から、〝乙女ゲー〟に登場するメインキャラクターを考える仕事をします。


 今のところ空塚からつかさんが考えてくれた、隠しキャラクターの男のしか出来ていないので、残りの5キャラをがんばって考えます!


 でも姉さん! ぼく、何をすれば良いのか全くわかりません……。

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「がんばれ、乙葉おとはディレクター。発子はつこさんが適当なこと言ったんだ。お前なら絶対にやれる。間違いない」


 ぼくは嬉しかった。空塚からつかさんに言われた言葉で泣きそうになった。

 天才シナリオライター兼、小説家の、天才文筆家の空塚からつかさんに、認められたのが嬉しかった。正直なところ、まだ、なーんの仕事もしてないのに、それなのに信頼してもらえたのが嬉しかった。


「お前なら絶対にやれる。間違いない」


 〝乙女ゲー〟がなんなのかさっぱり解らないけど、とりあえず、ぼくは空塚からつかさんに認められたのだ。やる気が出た。出まくった。出来そうな気がしてきた。


 出来そうな気がしてきたので、ぼくはリサーチを始めることにした。発子はつこさんは、確か〝乙女ゲー〟の事を、


『乙女。つまりは、子供からお年寄りまで、全ての女の子の心を鷲掴わしづかみにする、キュンキュンなゲーム』


て言っていた。つまり、女性の人が抵抗なく遊べるゲームがあればいいんだ。


 は、なんじゃ、それ?


 うちの姉さんは、全くゲームを遊ばない。そもそも、コントローラーが使えない。

ファミコンの時は、ギリ遊んでたけど、ゲームがめっちゃ下手だった。スーパーマリオの1−3をクリアした所を見たことがない。

 スーファミになった時に、ゲームを一切遊ばなくなった。「なんでこんなにボタンが多いのよ!」って怒ってた。

 でも、アドベンチャーゲームは好きだった。めっちゃ好きだった。特に、新宿や横浜あたりでハードボイルドな探偵さんが大好きだった。むやみやたらと「たばこをすう」コマンドを選択しまくって喜んでいた。要はそういうことだ。キャラクターが好きなんだ。そしてそのしぐさが好きなんだ。


 だからウチの会社なら、ギャルゲーが得意なウチの会社なら、シナリオのクオリティーと、CGクオリティーに定評のある、個性的なキャラクター造形に定評のある、ウチの会社なら、と、発子はつこさんはそう踏んだんだろう。


 ちょっとなにいってるか、自分でもわからないけど、わからない事を考えてもしょうがないので、わからないことは人に聞こう。女の人に聞こう。


 ぼくは〝乙女ゲー〟を作れと言った張本人の発子はつこさんの机を見た。

 居なかった。

 壁にかかった時計をみた。午後5時30分だった。

 発子はつこさんは、幼稚園の息子さんをお迎えのため、すでに退社済みだった。


 仕方がないので、崔峰さいほうさんを見た。

 崔峰さいほうさんはれんちゃんとしゃべっていた。れんちゃんは、めっちゃ興奮してスケッチブックを見ていた。


 可愛い。


 ぼくは、崔峰さいほうさんの机に向かって、土禁エリアの絨毯の上をもふもふと歩いた。れんちゃんを見ながら歩いた。そして、れんちゃんを可愛すぎたので当初の目的を忘れてうっかりれんちゃんに話しかけた。


「何見てるの?」


「えっとね、崔峰さいほうさんが、制服デザイン仕上げてくれていたの」


 れんちゃんをスケッチブックをぼくに見せた。

 センスの良い制服デザインだった。本当にセンスが良い。

 モノトーンで、女の子はタックの少ないボックスプリーツのスカートで、男の子はスラックス、ブレザーは裏地がタータンチェック。あと襟のワンポイントと、胸ポケットにだけ、タータンチェックがあしらってあった。現実にありそうで、でもイラストにするとめっちゃ映える、絶妙なデザインだった。


 弊社のスタッフは、揃いも揃って天才だらけだ。すごい。


「その制服を、紫色の魔法少女のコスプレをした乙葉おとは君に着させればステキック! 空塚からつか君が言ってた乙姫おとひめみなとちゃん爆誕の予感! ご飯三杯! ステキッカブル!!」


 つまり崔峰さいほうさんは、ぼくが植物公園行ってる間に、空塚からつかさんから学園コメディ用プロットを聞いて、制服デザインを起こしたのか。


 弊社のスタッフは、揃いも揃って仕事が早い。すごい。


「ありがとうございます! ちょっと着させてみますね!」


 れんちゃんは可愛く興奮しながら、自分の席に足早に走って行った。


 弊社のスタッフは、揃いも揃って熱意がある。すごい。


 ぼくは、れんちゃんが可愛く足早に自分の席に座るのを一部始終見ていると、


「まいっちんぐ! 青春ダイナまいっちんぐ!」


と、崔峰さいほうさんが、何だかわからない語感センスで、ぼくからかった。


 悪い気はしなかった。


 そしてぼくは、崔峰さいほうさんにからかわれて、ようやく最初の目的を思い出した。


崔峰さいほうさん、ちょっと聞きたいんですけど、好きなキャラクターって居ます? ゲームでも、漫画でも、あと実在の人物でもいいです。今作っているゲームの参考にしたいんです」


「任せるっす! 私の趣味はめっちゃ王道! キングアンドキングス!!」


 ぼくは、素早くメモを用意した。


「六十代、白髪紳士! ロマンチック!!

 手袋絶対! 燕尾服絶対! 紅茶の知識は絶対に名人級!

 好きな紅茶はアールグレイでお願いします!

 送迎車は左ハンドルでお願いします!」


 は?


「い、いや、崔峰さいほうさん、このゲーム、学園ものですよ?」


「隠しキャラの〝乙姫おとひめみなと〟ちゃん攻略後の隠し隠しキャラ! 

 乙姫おとひめみなとちゃんの執事さん。メラメラゾーマチックの先のゴッドニュードラゴンチック! 乙姫おとひめみなとちゃんの願いをかなえてくれる!」


 隠しキャラの攻略後の隠しキャラ??? 何言ってんだこの人。


「あの……崔峰さいほうさん、これ以上隠しキャラいらないです。普通の高校生がいいです!」


「ガーン! となると六十代の高校生? それはそれでアリ! 複雑な家庭事情!! きっとお孫さんが入学する前の下見入学! ケナゲチックでステキック!!」


 これは……だめだ。


「すみません。崔峰さいほうさんに聞いたぼくが馬鹿でした。れんちゃんに聞きに行きます」


「バカリズムだ! 乙葉おとはくんは大バカリズムだ!」


 よくわかんないけど怒られた。なんで?


「ケフちゃんの理想は、乙葉おとはくん。

 もう居る! いまケフちゃんが召喚中!

 乙姫おとひめみなとちゃんを召喚中! ローディング中!」


「あ、いや、そのほかにも、れんちゃんが好きなゲームキャラとか、アニメとか漫画で好きなキャラいますよね……」


「バカリズムだ! 乙葉おとはくんは大バカリズムだ!

 乙葉おとはくんは、ケフちゃんの妄想の集合体!!

 二次元と生物ナマモノを比べるナンセンスチック!!」


 は?


「ケフちゃんは、ピュアガールチック!

 私はランチでケフちゃんのイノセントチックでピュアチックな、妄想チック、妄言チック、倒錯チックな話を聞いているからワカリズム!

 乙葉おとは君がどれだけ紳士的で、が解るのかをヒアリングイカリング!

 というか、ケフちゃん、基本、自分から話す場合は乙葉おとは君のことしか話さないし」


 は? どういうこと?


 つまりウチの会社の女性社員は、隠しキャラの男のと、隠し隠しキャラの六十代の白髪紳士しか琴線に触れないってこと? 求めていないってこと??

(いやさすがに六十代の白髪紳士を攻略キャラにする制作期間はなさそうだけど)


 どうすんの、これ?


 やっぱり無理だ。やっぱりゲームって女の子にとってはマイノリティカルチャーなんだ。でもってゲームが好きな女子は、男の子の趣味もマイノリティだったんだ。


 どうすんの、これ?


 ぼくが困惑していると、れんちゃんも結構困惑した顔で崔峰さいほうさんの席に戻ってきた。手にはスケッチブックが抱かれていた。れんちゃんは困惑した顔も可愛い。


崔峰さいほうさん……その、描いてみたんですけど……なんだか、違うみたい……」


「どれどれ、チェクリング。チェンジリング」


 崔峰さいほうさんは、奇怪な受け答えでれんちゃんからスケッチブックを受け取った。


 ぼくもスケッチブックを見た。可愛かった。制服を着たぼくにそっくりの〝乙姫おとひめみなと〟はとても可愛かった。


 イジワルそうにあざとく笑っている姿はとても可愛くて、ぼくは貧乳を嘆くふりをして、主人公の女の子の程よい形のおっぱいをガン見する、あざとい〝乙姫おとひめみなと〟を脳内再生した。


 ただ、心は持って行かれなかった。ぼくは、〝乙姫おとひめみなと〟のあざと可愛い姿と言動を、脳内再生するに留まっていた。ぶっちゃけ、ぼくの方が可愛いと思った。


 崔峰さいほうさんは、スケッチブックを見た途端、ずっと口に手を当てて首を傾げて考え始めた。しばらく考え込んだ後、唐突に遠目で見て、やっぱり首を傾げて考え込んだ。そのあと速やかに透かしてみて、首を傾げて考え込んだ。

 崔峰さいほうさんはしばし、口に手を当てたままずっと考えてから、せきを切ったようにしゃべりだした。


「良いと思う。悪くはないと思う。でも強いて言えば服に着させられてる感じがする。制服とキャラクターの空気がちがう。服だけ二次元になっちゃってる。服だけ立体感がない。素材が違う。ペラペラしている。制服は普通こんなに安っぽい生地は使わない。うーん、ダメ。プリーツの構造も嘘っぽいし、肩に入るシワも制服の素材では発生し得ない。全然ダメ」


 崔峰さいほうさんは、とても常識的な言葉を使って、最初に褒めてそのあと延々とダメ出しをだした。とても理論的にダメ出しをだした。カッコ良かった。


「うん! !! 私、今日早退するから、よろしくメカドック」


 崔峰さいほうさんは、最後の最後にいろいろ台無しになる捨て台詞を吐くと、とっととタイムカードを押して帰ってしまった。

 ぼくは、壁にかかった時計を見た。午後6時13分を指していた。


 弊社の定時は8時だ。しかし弊社は自由な社風がウリだった。


 ぼくは、崔峰さいほうさんを横目で見ながら、ガッツリ落ち込んでいるれんちゃんを見ていた。

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